ケツァルコアトル

『メキシコの神々』第一章・序論 1-4 メキシコにおける初期宗教の痕跡

※著作権の切れた書籍を翻訳・意訳して掲載しています。『The gods of Mexico』Lewis Spence 翻訳した文章©StellaCircus

メキシコにおける初期宗教の痕跡

 メキシコ最古の神話は、多くがアステカ以前の「トルテカ」文明や、トランやテオティワカンといった古代の聖地に関連する。その中心的存在は、神もしくは英雄として知られるケツァルコアトルだ。彼はメキシコの神官制度の原型とされ、「運命の書(トナラマトル) 」を創った存在とも言われている。

 彼が伝えた信仰は、征服時代に見られたアステカの儀礼体系とは大きな違いがある。ケツァルコアトルの儀式では生贄やカニバリズムは見られず、自らの血を捧げて浄化や懺悔を行った。より内面的で敬虔な信仰だったのだ。神話によってケツァルコアトルの出自は異なり、土着の者として、または神の子として、あるいは東方から来た異邦人として語られている。

 この信仰は道徳的な要素を帯びており、後世には他の神々の儀礼と比較して「文明的で敬虔」だと見なされた。ケツァルコアトルは最終的に「魔術師たち」の策略によって去ったとされるが、これは、ケツァルコアトルの洗練された信仰体系が、別の信仰に取って代わられたことを示唆するかもしれない。いずれにせよ、ケツァルコアトル信仰はメキシコにおける雨の信仰の発展に重要な影響を与えたと見られている。

 このような神話から得られる情報は断片的だが、古代メキシコに高度な儀礼と道徳的要素が存在していた可能性を示す手がかりとなる。

 また、主要な部族神に関する神話や神への賛歌を検証することで、古代アナワクにおける信仰観が浮かび上がってくる。特に賛歌は民間信仰の根幹を伝える資料として重要で、神官によって加工された神話よりも古い時代の精神性を残していると考えられる。

 賛歌の中には、「雨の信仰」の本質的な部分を映し出すものもある。プエブロ族の信仰とも共通点が見られるが、メキシコの信仰はより広い世界観と複雑な神学体系を備えていた。

 農耕社会の成立とともに、雨への祈りは不可欠なものとなった。メキシコの神々は、創造神・成長神・自然や天体に由来する神に分類され、特に「原初の神々」は作物の育成と狩猟の成功を司っていた。やがて、彼らは穀物や野菜を供給する神としての側面を強め、植物を象徴する儀礼を通じて、成長神と同等の存在となっていった。

 結果として、メキシコ盆地が雨乞いの中心地となるのは自然な流れだった。降雨は命に直結するもので、干ばつは人々に飢饉と絶望をもたらした。そんな中、水の神トラロックへの祈りには、民の切実な願いが込められていた。

おお、最も慈悲深き主よ…
この都市と王国の民に憐れみの目を向けてください
地上のすべての者、獣たちまでもが あなたの怒りで滅びようとしています
大地の畝は水を求めて苦しんでいます
この貧しき民を慰め、大地を潤してくださいますよう
すべての命ある者の目はあなたに向けられ その希望はあなたに託されています

 このような祈りの言葉は、人々と神々との深い結びつき、そして命を支える自然への感謝と畏敬の念を物語っている。

『メキシコの神々』ルイス・スペンス 序章
『メキシコの神々』第一章・序論 1-1
『メキシコの神々』第一章・序論 1-2 メキシコ宗教の古代性
『メキシコの神々』第一章・序論 1-3 メキシコ宗教の起源 ― 異文化融合と信仰体系の形成

関連記事一覧