コロドコによるシェレシュ・レジェーの彫刻

世界の都市伝説:暗い日曜日

 世界の都市伝説を巡るお話、略して『せとでん』。名古屋を走る電車とは全く関係ありませんのであしからず。

 1933年ハンガリーで発表された楽曲「暗い日曜日」。曲を聞いた人が自殺をしてしまう曲として現在でも都市伝説として語り継がれています。オリジナルの曲調はゆったりとしたバラード。とにかく暗くて歌詞もとても悲しいものでした。当時のハンガリーには”悲哀のタンゴ”と言うジャンルがあり、この「暗い日曜日」はこのジャンルの典型例として紹介される事が多々あります。

 作詞はヤーヴォル・ラースロー。作曲はシェレシュ・レジェーによる楽曲です。シェレシュは独学で音楽を学び、作曲家を目指して1930年代パリで過ごしました。しかし彼の願いも虚しく作った曲を受け入れてくれるところはなく、意気消沈の中1932年にこの「暗い日曜日」を著名な出版社に投稿しました。メロディーと歌詞が暗すぎるとして最初の会社には送り返されてしまいましたが、次の会社で採用だれ1933年に発表されました。しかしシェレシュが書いた歌詞ではなくヤーヴォルの歌詞が使われました。彼は婚約者を失って失意のどん底にいたことでシェレシュと通じ合ったのかも知れませんね。

 曲調、歌詞ともに暗すぎてしまったこの曲は自殺ソングとして欧米で知られるようになりました。歌詞の内容は、ある女性が暗い日曜日に亡くなった恋人を思い嘆き、最後は自殺を決意してしまうと言う内容で終わります。

 この歌を聞いて数百人が亡くなったと言われています。そのうち150人以上はハンガリー人だと言われていますが、自殺してしまった因果関係は明確にされていません。中にはこの曲の楽譜を持ったまま川に飛び込んだ女性やカフェでこの曲を聴いて窓から飛び降りた客がいたとかいないとか。そのような話が広がって都市伝説化していきました。

 イギリスのBBCがこの曲を放送禁止にした事で余計に都市伝説が広がることになります。曲が暗すぎて聞いた人の精神に悪影響を及ぼすと言われ、この措置が2002年まで続いたことも都市伝説化に大きな影響を与えました。欧米でのヒット曲にまで登りつめましたが、その後作曲したシェレシュ・レジェーが自殺してしまったんです。自殺した理由は、この歌がヒットしたことによる世間からの批判などが影響していたのではないか、治らない病気を患っていると思っていたのではないかといくつかの説はあるもののハッキリとした真相はわかっていないそうです。

 そのような数々の逸話から都市伝説となってからも尾ひれがついて誇張されて語られていきました。封印されたオリジナルの歌詞には3番の歌詞はとても暗くて重いものでハンガリーの出版社が印刷を止めた、ある特定のプレス盤レコードには嗚咽のようなノイズやレコードに傷のような線が現れる、霊感が強い人がこの歌を聞くと頭痛やめまい、誰かに見られているような視線を感じるなど、都市伝説っぽい肉付けがされていきました。

 実際には世界恐慌による失業や戦争前夜により、その時代のハンガリーの自殺率自体が高かったそうです。そこにこの暗くて悲しい曲が出てきたことで新聞が食いつきやすいストーリーとして広まってしまったんですね。実際に曲を聞いたことによる自殺と断定できるような資料はないのですが、それはどうやっても証明できるようなものではなく、この曖昧さがより恐怖を搔き立て、”聞くと自殺してしまう曲”として広がってしまったようです。

 世界中で様々な著名アーティストがこの曲をレコーディングしています。元の曲だったりアレンジしたり。日本でも淡谷のり子や美輪明宏、加藤登紀子などシャンソンに強い方々がカバーしています。YouTubeにも色々な動画があるので、興味のある方は… 自己責任で聞いてみてください!自己責任で!

関連記事一覧