オーパーツ大好き!グローゼルの石板
今回は「グローゼルの石板」をご紹介いたします。オーパーツと言うよりも現在でも解明が出来ていないミステリーと言った方が近いかも知れません。
1924年フランスのグロゼル村の周辺でエミール・フラダンという17歳の少年と祖父のクロード・フラダンが農場で牛に引かせた鋤を操縦していると、牛の脚が空洞に挟まってしまいました。牛を救出してみると脚が挟まっていた空洞は広い空間が広がっており、中を調べてみると粘土レンガの壁で出来た地下室になっていて、16枚の粘土で出来たタイルや人骨、陶器の破片などがあったそうです。
当時の芸術や科学、文革などを研究・発表したりする学者集団に調査を依頼すると、遺跡は西暦100~400年の間に作られたガロ・ローマ時代のもので、考古学的に重要な可能性があると結論付けられました。
その報告を見た医師でアマチュア考古学者のアントナン・モルレは興味をひかれ、追加の調査をしたいと申し出ます。1925年に追加の発掘調査を完了し、粘土板・偶像・骨角器・フリント石器・彫刻された石板と様々な遺物を発掘しました。モルレはこの遺跡が新石器時代のものであると特定し報告書を提出しました。この時に発見された遺物は実に3000点以上、かなり膨大な量ですね。
この中でも石板(粘土板)は多くの学者の興味をひきました。石板の表面には謎の記号や線を彫って組み合わせた図形のようなものが刻んであります。文字のようにも記号のようにも見え、メッセージ性のある文章ではないかと解析する者が多数いました。しかし現代の専門家でも一致した見解はなく、色んな文字体系に部分的には似ているもののコレと言った決定打がなく、完全に一致する言語がないの特徴です。
一番似ているとされるのはルーン文字です。ルーン文字はゲルマン人が”ゲルマン諸語”と呼ばれるゲルマン地方で使われていた言語を文字にしたもで一番古いものでも1世紀ごろの遺物に使われていたものです。直線的で車線やV字、X字が多い事が似ている点として挙げられますが、微妙に体系が一致していないことや記号の向きがバラバラで文字体系の安定感がないことから、雰囲気は似ているもののルーン文字の系列ではないとされています。
そのほか、フェニキア文字、ローマ字、ギリシャ文字、ラテン文字とも比較・検証が行われましたが、完全に一致する既知の文字体系はなく、断片的に似ている点は複数あると言う結論になっています。同系統の文字体系がないので独自の古代文字だった可能性はあるものの、それを証明するような遺跡や遺物は見つかっていません。
これらの事から、この「グローゼルの石板」は現代でも解読されていない文字が書かれている石板としてオカルト・ミステリーの界隈では語り継がれています。新石器時代のものだとすると考古学的にも大発見になりますからね。歴史の授業で習ったような亀甲文字や卍のようなシンボルと同じレベルのものが出てきたと言うことになるんです。文字があったと言うことはその地にレベルの高い文明があったことの証明にもなるので、かなりの大発見ですよね。
しかし。この石板や遺物については贋作だと言われることも多々あります。発見されてから今まで様々な年代測定が行われました。その結果、遺物によってバラバラの年代のものと判明した事で混乱が生じます。ガラス片は中世のもの、陶器は紀元前300年からのもの、13世紀辺りの中世のもの、最近のもの、骨片や木炭片も13~15世紀のもの、人間の大腿骨は5世紀のものとかなりの幅がある年代の遺物が混在する結果となりました。
しかしながら、この石板を発見したエミール・フラダン少年は102歳で亡くなる2010年まで贋作を否定していますし、当時17歳の少年が作ったものと言うには大規模で学者を騙せるような文字のようなものが作れるかどうかも疑問が残ります。
これらの事からグローゼルの石板を含む、グローゼルの遺物は考古学最大級の”グレーゾーンな遺物”として発見から100年経った今でも謎が残る超ロマンのある遺物です。
もしこの石板に刻まれた文字がまだ誰も知らない文明の記録だったとしたら…
我々現代人がまだ”知らない何か”が刻まれているのかも知れませんね!