ユグドラシル

意識のマニュアル ─ 古代北欧 風と詩と世界樹の内なる移動術

 ヨルディア期と呼ばれる紀元前1万年紀からの時期にすでに人類の痕跡が見られた古代北欧。古い歴史を持つ北欧では独特の文化が花開いた。スウェーデン・デンマーク・ノルウェーはスカンディナヴィアと呼ばれ、歴史や文化的にも共通点が多い。

 そんな北欧のスピリチュアリティは、ゲルマン系のノルド人の信仰に根ざして発展した。『エッダ』やサガ、オーディンやロキなどの神々で知られる北欧神話には、氷と火、大地と風、死と再生などの対立する要素が交錯する世界観が描かれている。視点、意識、立場は状況に応じて変化し、世界樹ユグドラシルを通して魂は9つの世界を行き来する。

 古代文字として知られるルーンは現在でも占いに使われ、北欧の神秘思想や神々は現代でも人気がある。その「風のように移ろい、詩のように響く意識操作」はどのように活用できるのだろうか。

意識の垂直構造 ユグドラシル

 北欧神話の大きな特徴ともなっている世界樹ユグドラシルは「空間と次元を貫く軸」で、近年では意識の階層を象徴するとも考えられている。9つの世界は全世界を象徴しているわけではないが、大まかに言えば神々のいるアースガルズやヴァナヘイム、人間界のミズガルズ、霧の国ニヴルヘイムや炎の国ムスペルヘイム、死者と再生の領域ヘルヘイムという3層に分けられる。

 シュタイナーが「北方の霊性は内的構造の移動─想像界・生命界・霊界の垂直的移動に基づいていた」と説明したように、北欧では変容は垂直的に起きると考えられていたはずだ。何より、神話の中心には世界樹―木という垂直に立つ存在が据えられている。

詩とルーン 伝えられる記憶の音

 中世初期の王や戦士の業績、神話の物語を伝えたのは口承詩(スカルド)の形式だ。スカルドと呼ばれる詩人は複雑な韻律と暗喩を含む詩を詠った。『ヴォルスンガ・サガ』では、戦士の栄光をこう表す一節がある。

剣は歌い、血は大地を赤く染めた。王の名は永遠に、風と共に運ばれる。

 聴く者の感情や誇りを揺さぶる言葉は、事実の記録というより「記憶を風に乗せる」という北欧詩特有の感覚をよく示している。

 また、北欧やゲルマン世界で用いられた文字体系にルーン文字がある。最も古いの形は3世紀頃のエルダー・フサルクと呼ばれる体系だ。文字体系の最初の6文字、F ᚠ(Fehu)–財産・家畜、U ᚢ((Uruz)–野牛・力、Þ ᚦ((Thurisaz)–巨人・トゲ、A ᚨ((Ansuz)–神の言葉・霊感、R ᚱ (Raidho)–旅・秩序、K ᚲ(Kenaz)–松明・知識 をとってフサルクと呼ばれる。

 例えば“Ansuz”という文字について『古英語ルーン詩(Old English Rune Poem)』ではこう描かれている。

「神は人々の喜び、言葉の支え、そして賢者の助けなり」

 “Ansuz()”は神々、特にオーディンや霊感、言葉と呼吸、また別の文字“Raidho()”は旅、移動、儀礼の秩序を表すなど、ルーン文字は各文字が魔術的・象徴的な意味を持っていた。

 北欧の言葉は伝達手段だっただけでなく、信仰や社会制度、魔術的な世界観が結びついたものだった。スカルド詩もルーンも、事実を記録するだけでなく、人々の心を動かして内側に眠る「霊的な風」を呼び覚ましてきたのだ。

意識構造を変容させるための3つの練習
1. 風と同期する呼吸
屋外で目を閉じ、風の動きに合わせて呼吸する。風が吹くときに吸い、止むときに吐く。
数分続けることで“外の流れと内の動き”が一致しはじめる。
2.ルーンを声に出して読む
意味の響きをもつルーンの詩を口に出して読む。エルダー・フサルク全24文字のルーン詩一覧
音の振動が胸や頭に届く感覚を観察する。
3. 世界樹の垂直瞑想
自分の背骨をユグドラシルに見立て、上(光)から風が流れ込み、下(闇)に抜けていくイメージで呼吸する。
呼吸しながら、自分という軸が天地に通っていくのを感じる。

 意識は固定されたままでは凝固し、やがて風化していく。北欧の霊性は「移動」「語る」「風と同期する」ことで、意識を更新し続ける仕組みだと言える。詩は言葉を変え、風は身体を変え、垂直方向への移動は霊的な立ち位置を変える。北欧の人々は「自分は変わらないまま世界を観よう」とするのではなく、「世界に触れることで自分を変容させ」ようとしたのだ。

風は記憶を運ぶ

 知恵の神オーディンは「詩の蜜酒」を得るために自分自身を世界樹に吊るし、死と再生の間を旅した。これは「ほしいものを得るには、変容を伴う通過体験が必要だ」ということを表している。現代に応用するなら、変化を受け入れながら自分自身を再構築しようという視座ではないだろうか。記憶とは過去のある一点に留まるものではなく、風に乗ってその在り方を変える一種の媒体なのだ。北欧の霊性には、“内なる移動の技術”の核心がある。

※次のページでルーン文字(エルダー・フサルク)の一覧を掲載

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