
魂の旅路を照らした医師 エリザベス・キューブラー=ロス
蝶のシンボルと死後の世界
ポーランドのマイダネック収容所を訪れた彼女は、そこで生涯のテーマを見つけます。収容所の壁に描かれた無数の蝶に気づき、彼女は呟きました。「なぜ?…なぜ蝶が?」彼女にとって寒々しい収容所と蝶のイメージは乖離していました。
それから25年、彼女は「死とはさなぎから蝶が飛び立つようなものだ」という結論に達します。「肉体という殻を脱ぎ捨て、魂が自由になるのだ」と。がんを患った子供への手紙に彼女は書きました。「生まれるときに与えられた宿題を全部終えたら、もう体を脱ぎ捨ててもいいのよ。蝶のさなぎみたいに体は魂を包んでいる殻で、時が来たら手離してもいい。そうしたら痛さからも、怖さや心配からも自由になる。神さまのお家に帰っていく。きれいな蝶のように、自由に…」
キューブラー=ロスは死後の世界や輪廻転生についても語るようになります。死にゆく患者による幽体離脱の説明があまりに正確だったため、「魂」の存在を認めたのです。自らも体外離脱し、霊的存在との交流について明らかにしました。こういった内容は「オカルトだ」と批判を受けることになります。
そんな状況でも講演依頼が絶えることはありませんでした。毎年24万キロ以上の旅、週平均10万5千人に向けた講演、月平均3000通の手紙への返信。1977年には末期患者のためのワークショップ施設「シャンティ・ニラヤ(平和の家)」を開き、1990年には「エリザベス・キューブラー=ロス・センター」を完成させました。
形而上学としての死の研究
キューブラー=ロスが死に際した数日間の記録が残っています。ホスピスの人間が「旅立ちの準備はできた?」と聞くと、彼女は「まだ」と答えます。痛みを取ってもう一度聞くと「まだ」と。「逝く準備ができたらどうやって分かるの?」と尋ねると「頭から爪先まで、全身で準備ができたと分かる」と言ったそうです。2004年8月24日に78歳で生涯を終えた彼女の墓碑銘には、「喜びや悲しみを分かち合う友人、教師、そして自らも一人の生徒だった。今人生を卒業して銀河でダンスを踊る」と記されています。
キューブラー=ロスとメタフィジックス
彼女はタブー視されていた「死」に光を当て、科学的かつスピリチュアルな探求を進めました。「蝶がサナギから抜け出すように、人は体から抜け出す」という言葉はまさに形而上学的です。肉体は医学で対処できても、生きる意味に関わる苦しみ(スピリチュアル・ペイン)に薬はありません。キューブラー=ロスは医療を超えて形而上学の領域に踏み込み、死にゆく人々に寄り添い続けました。
「語りかけ、その手に触れることのできた相手が翌朝にはいなくなっていた。私に多くのことを教えてくれ、かき消すようにいなくなってしまったあの素晴らしい患者たちに一体何が起こったのだろう」—彼女は死を「終わり」ではなく、魂の旅における「通過点」として捉える視点を広めました。
死を見つめることは生を見つめることでもあります。キューブラー=ロスは「人が目的のない虚しい人生を送ってしまう原因の一つは、死を認めないからだ。永遠の命があるかのように生きると、やるべきことを先延ばしにしがちになるから」と言いました。人間は死を意識することで成長するという考え方はメタフィジックスやスピリチュアルにも通じます。彼女の思想はターミナルケアという医療の領域を超え、私たちに「どう生きるか」を問い続けているのです。

