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霊的な力を求める代償 数々の伝承から見る「得るもの」と「失うもの」

苦行と犠牲 なぜ力には対価が必要なのか

 「霊的な力を得ようとするなら苦行や犠牲が必要だ」という思想も、時代や場所を超えて世界中に存在します。なぜこの観念が定着しているのでしょうか。

 ひとつは「心身が限界になると通常とは異なる意識状態になる」というものです。断食や極端に短い睡眠、感覚の遮断、肉体的な苦痛などはどれも脳の通常モードを混乱させ、変性意識状態を引き起こします。イヌイットには「シャーマン候補者をイグルーに何ヶ月も閉じ込め、最小限の食事しか与えない」という修行があります。この極限状態の中で修行者は霊的なヴィジョンを得ます。

 次に「古い自己の死」という象徴的な意味です。シャーマンの参入儀礼に共通するテーマとして「象徴的な死と解体」がありますが、これは修行者が霊的存在に殺されてバラバラになり、新しい存在として生まれ変わるというものです。文字通りの死ではありませんが「過去の自分、古い自分」がある意味で死ぬことになります。西洋の魔術の系統にも同じ概念があり、黄金の夜明け団を始めとする秘教結社では「段階的な参入儀礼を通じて修行者の人格を解体、再構築する」プロセスが重視されました。これは単なる儀式ではなく、実際の心理的変容を伴うものとされています。

 密教やタントラでは、準備ができていないのに高度な修行を行うのは危険だと警告されてきました。クンダリニーヨーガでは霊的エネルギーを「眠れる蛇」と呼びますが、その蛇は正しく目覚めないと修行者自身を傷つけることがあるといいます。

スピリチュアル・エマージェンシー 臨床から見る危険

 精神科医スタニスラフ・グロフと妻のクリスティーナ夫妻は、70年代から「スピリチュアル・エマージェンシー(霊的緊急事態)」という概念を提唱してきました。これは覚醒体験によって危機的な状況に陥った状態を指します。

 夫妻はスピリチュアル・エマージェンシー経験する人について「自分のアイデンティティが崩壊しつつあり、今までの価値観が通用しなくなり、現実の基盤そのものが激しく揺らいでいると感じる」といいます。神秘的・霊的な体験が突然かつ劇的に人生に入り込んだことで恐怖と混乱を招くのです。日常生活、仕事、人間関係への対処が難しくなり、自分が正気を失いつつあるのではないかと恐れることもあります。

 1994年、アメリカ精神医学会の『精神疾患の診断・統計マニュアル』(DSM-IV)には「宗教的または霊的問題」というカテゴリーが追加されています。精神疾患ではないものの、メンタルヘルスの支援を求める原因として認められたのです。この変更は「スピリチュアル・エマージェンシーは病気とは異なる」という認識を精神医学に持ち込む第一歩となりました。

 特に注目されているのが「クンダリニー症候群」です。ヨーガや瞑想の実践中に起こる一連の身体的・心理的症状で、身体を駆け巡る電流のような感覚、激しい熱感と冷感、不随意運動、知覚の変容、強烈な感情の波、解離感などがあります。米国ヴァージニア大学の研究では、身体的クンダリニー症候群の症状は「ファンタジーへの没入傾向、解離傾向、側頭葉の過活動」との関連があることがわかりました。体験したことが純粋に霊的なものではなく、神経生理学的なものである可能性が示唆されたのです。

 インドの臨床研究では、クンダリニーヨーガを実践した19歳の女性が精神病性の症状を示した事例が報告されています。彼女は3か月間、独学でハタ・ヨーガとクンダリニー・アーサナを実践した後、緘黙、食事困難、身体の硬直、異常な姿勢の持続などの症状で救急搬送されました。

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