コヨーテの姿をとるテスカトリポカ

『メキシコの神々』第一章・序論 1-12 黒曜石への信仰

Éclusette, CC BY 3.0 https://creativecommons.org/licenses/by/3.0, via Wikimedia Commons
※著作権の切れた書籍を翻訳・意訳して掲載しています。『The gods of Mexico』Lewis Spence 翻訳した文章©StellaCircus

 ナワ族は後になってチャルチウィトル(緑石)を神聖視するようになったが、メキシコ高原へやってきた時期に信仰の中心にあったのは違う鉱物だった。黒曜石、オブシディアンと呼ばれる火山性の天然ガラスだ。この事実は、彼らの信仰がそれ以前からメキシコにあった体系とは根本的に異なるものだったことを物語っている。

 黒曜石はメキシコや北カリフォルニアにある火山地帯の上部地層から採れる光沢のあるガラス質の石で、圧力を加えると鋭く薄く剥がれ落ちる。割っただけで剃刀のように鋭利な刃になる、狩猟に適した石だ。主な採石場はナイフの丘(Cerro de las Navajas)と呼ばれるティマパン近郊の山で、ここで採れた黒曜石(ナワ語でイツトリ itztli)は、交易によって広い範囲に広がっていた。

 この鉱物は遊牧狩猟民にとって非常に実用的だっただけでなく、宗教的にも重要な位置を占めていた。黒曜石はメキシコの遥か北に位置するブリティッシュ・コロンビア、さらには米国中西部に至るまでの広い範囲で確認されている。考古学者G.M.ドーソンは、フレーザー川流域を経由して、海岸部と内陸部の部族間で活発な交易が行われていたと言う。ビルクラ族は太古の昔からベラ・クーラ川経由でティネ族と接触しており、そのルート上で黒曜石の破片や道具が多々見つかっている。ティネ族によれば、北緯52°40′・西経125°40′付近にあるサーモン川源流近くの山から黒曜石を採っていたようだ。この山の先住名「ベセ」は「ナイフ」を意味するナワ語「イツトリ」と共通の語源を持つ可能性がある。

 また1883年にはアルバータ州マクロード砦付近で、バッファローの骨と一緒に埋まっていた古代の黒曜石の刃が発見されている。この地域から最も近い黒曜石の供給源はイエローストーン国立公園なので、交易網はかなり広範囲に存在していたと推測できる。そしてブリティッシュ・コロンビアの沿岸部族は代々海獣の油と引き換えに道具用の素材を交易しており、オハイオ、ウィスコンシン、ケンタッキーのマウンド・ビルダーたちも黒曜石を使っていたことがわかっている。

 こういった理由から、チチメカ・ナワ族はアナワク高原に入る前からすでにに黒曜石とその特性を熟知していたと考えられる。実際、彼らの黒曜石製の道具や武器の製法は、メキシコの先住民とは明らかに異なったものだ。この石を中心とした信仰が長い年月をかけて形成されていたのだろう。

 遊牧民である彼らは主に鹿を狩って生きていたため、狩猟という行為は宗教観に強く影響を与えた。多くの原始民族に見られるように、自分たちの主要な食糧となる動物はよく神格化される。鹿を主食としていた彼らも同じように、「大いなる鹿」は小さな鹿たちを与えてくれる存在として崇拝された。

 こういった狩猟神にはイツパパロトル(黒曜石の蝶)、イツクエイエ、ミシュコアトル、カマストリなどがいて、いずれも星や太陽と関連している。鹿を殺すための道具だった黒曜石は、やがて「命を得るための魔法の石」として神聖化されていく。やがて神々自身がこの刃を持ち、その刃は天や星々からもたらされたものと見なされるようになった。ヨーロッパの農民が打製石器を「妖精の矢」や「雷の石」と信じたように、黒曜石も天から来た神具と見なされたのだ。

 黒曜石は、最終的にテスカトリポカという神として神格化される。彼の偶像は黒曜石で造られ、『コデックス・ボルボニクス』ではテスカトリポカのサンダルには黒曜石の蛇のジグザグ模様が描かれている。テスカトリポカは「イツトリ」の別名を持ち、黒曜石でできた儀式用ナイフの神としても表現される。いくつかの写本では、黒曜石の刃を持っている姿でも描かれた。

 黒曜石は「占いの鏡」としても使われた。神像の手に黒い鏡が握られていたことから、テスカトリポカは人間界の出来事を見通すとされた。黒曜石は食料を得る道具であり、血を流す刃であり、生命の源であり、息吹そのものと見なされていた。風と一体化し、嵐を呼ぶ石としても崇められた。こういった理由でテスカトリポカは「風の神」になり、グアテマラのキチェ族が信仰した嵐の神フラカンと同一視されるようになる。ちなみに「ハリケーン(hurricane)」の語源はこのフラカンが由来だ。

 遊牧生活を送っていたナワ族が農耕生活に移行する頃、すでに黒曜石は長きに渡って神聖視されていた。かつては鹿を捧げていたが農耕社会になると鹿が手に入りにくくなり、代わりに奴隷や戦争での捕虜が供物になっていく。ミシュコアトルの祭りでは女性が鹿の代わりに生贄にされた。生贄は殺されてから狩人が捕えた鹿のように手足を縛られ、神殿の階段から転げ落とされた。

 狩猟から人身供犠への移行は、女神イツパパロトル(黒曜石の蝶)に捧げられた古代の聖歌でも謳われている。

「ああ、彼女はウチワサボテンの神となった。
我らが母、黒曜石の蝶イツパパロトル。
彼女の糧は九つの平原にあり、
鹿の心臓を糧として育った、
大地の女神なる我らの母。」

 ここでは、かつてステップ地帯の遊牧民だったチチメカと鹿を捧げられていた女神イツパパロトルが、今では農地の神となって崇められる様子が描かれている。カマルゴの記録では、初めて人間の生贄が捧げられたのはチチメカがテペウェウェクの地に来たときで、生贄を矢で射抜いたのだという。イツパパロトルは鹿の属性をいくつか持っていたとされる。

 黒曜石は血を流す力を持つことで「命の源」そのものと見なされるようになった。創造神トナカシウアトルが産み落とした黒曜石の刃からは1600の半神たちが生まれたとされ、女神シワコアトルが市場に置いていった赤ん坊も黒曜石の刃になったという。また写本では穀物が黒曜石の刃として描かれており、太陽さえテスカトリポカの「黒い鏡」と同一視された。

 このように、命を育むあらゆる要素―穀物、大地、大気、太陽、星、神官、血、雨―が黒曜石と結びつけられたのだ。かつて旧世界・新世界を問わず火打石が雷と結びつけられたように、黒曜石は生命と再生の象徴となっていった。

 ナワの黒曜石信仰がトラロック信仰やケツァルコアトル信仰と融合していく過程は比較的はっきりしている。ナワ族がアナワク高原に定住した当初、彼らはケツァルコアトル信仰を好意的に見ていなかった。神話ではテスカトリポカがケツァルコアトルを国外追放したとされていて、初期においてはケツァルコアトル信者たちへの迫害もあったと考えられる。

 だが、ナワ族もやがてケツァルコアトル信仰に伴う暦の価値を認識するようになり、自らの神々をその暦に組み込んでいった。三大神格の信仰の最終的な統合は、おそらく11世紀から12世紀にかけて行われた。コンキスタ時代には複雑だが統一感のある信仰体系が完成していたが、そこに至るまでには何世代にも渡る象徴体系の融合が必要だったのだ。

 元々は各信仰が別々の天界を持っていた。例えばトラロック信仰の「トラロカン」、ケツァルコアトル信仰の「トラパラン(海の彼方の楽園)」、ナワ族の「太陽の家(戦士のヴァルハラ)」などだ。異なっていた「空の階層」は、後に一つの宇宙観に再構築されることになった。

 さらに、ナワ族の神々には抽象的・哲学的な性質が加えられていく。特にテスカトリポカは、時代が進むにつれ善悪や天と地、風と火といったあらゆる相反する概念を内包した存在として描かれるようになった。もしスペインの侵略がなかったら、テスカトリポカ信仰は唯一神的な信仰に進化し、他の神々を圧倒していたかもしれない。

 実際、神官層や貴族階級は一般民衆とは異なる、より内面的で高度な宗教体系を発展させていた。詩人王ネサワルコヨトルが「未知なる神」の神殿を建てたという逸話はその一例で、神学的な思索が神官階級の中で進んでいた証拠でもある。

『メキシコの神々』ルイス・スペンス 序章
『メキシコの神々』第一章・序論 1-1
『メキシコの神々』第一章・序論 1-2 メキシコ宗教の古代性
『メキシコの神々』第一章・序論 1-3 メキシコ宗教の起源 ― 異文化融合と信仰体系の形成
『メキシコの神々』第一章・序論 1-4 メキシコにおける初期宗教の痕跡
『メキシコの神々』第一章・序論 1-5 成長の要素の神格化
『メキシコの神々』第一章・序論 1-6 原始的影響の証拠
『メキシコの神々』第一章・序論 1-7 アニマル・ゴッド
『メキシコの神々』第一章・序論 1-8 雨の神格化、生贄
『メキシコの神々』第一章・序論 1-9 メキシコ後期における信仰の要素
『メキシコの神々』第一章・序論 1-10 メキシコ宗教に見られる文化的要素
『メキシコの神々』第一章・序論 1-11 ケツァルコアトル信仰の広まり

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