
霊的正統性が生む支配の系譜(2) 神の名で支配する現代のヘロデたち
ヘロデ王はすでに存在しないが、ヘロデ的な意識は今に生き続けている。「神の名を語る者」「宇宙の意志を代弁する者」「真理を独占しようとする者」の意識がそれだ。自らは常に「選ばれた側」で、他者を導くようでいてそこには上下関係があるのが特徴だ。宗教指導者、政治家、スピリチュアルリーダー…どんな立ち位置でも構造は同じで、「自分の神だけが正しい」という傲慢さが他者を支配する根拠になっている。そして、そのマトリックスに呑み込まれた人々はその人間を崇め奉る。
「あなたはまだ目覚めていない」「カルマが重い」「私のエネルギーを受け取れば○○できる」。こういった言葉はまるで霊的なアドバイスのようでいて、実体は「自分が上という立ち位置からの優越感または傲慢」だ。信仰や覚醒は今やビジネスへと変質し、霊的正統性は洗練された支配装置に変わった。この構造を生む理由はたった一つ、「神」を自分の外側にある存在だと信じてしまうことだ。自分ではない権威、師、誰かの周波数…こういったものを「自分よりすごい、自分より上」だと盲信したとき、ヘロデの支配構造は復活する。人は見えない王に跪き、自分の内側にある直観や創造の芽を自ら潰してしまう。かつてヘロデは剣で幼児を殺したが、現代では「自己否定」という形で自分の内側にいる子供―成長するはずの要素を自分自身が殺してしまうのだ。
本当に霊的なものは命令を出さないし、従属も求めない。ただ目の前に選択肢をそっと置くだけだ。だが多くの人が「霊的な正しさ」を意識しすぎて、真実が持つ静けさを聴き取れなくなっている。だから導いてくれる誰かを探し始めるのだ。だがそれはヘロデの構造を再起動させ、主権を自分以外の誰かに受け渡す罠のようなものだ。
今まで霊的に正統だと言われてきたもの抗うのは、意識の主権を自らの手に取り戻そうとする行為だ。誰かが神の意志を語るなら、その言葉が他者を支配しようとするものではないかどうかを見抜かなければならない。誰かが「光の側」「闇の側」と二元性に基づいたジャッジをするとき、その言葉が誰の利益を生んでいるのかを疑う必要がある。ヘロデを倒そうとするなら、「神の名」に権威を与えてはいけない。その神とやらの言葉や態度を観察して判断することが重要になる。
イエスが言ったという「天の国はあなたの中にある」という言葉は、霊的正統性の破壊を宣言するものだ。自分の外側に神を求めず、内側に常に在る神とそれぞれの人が直接結びつく。そうなれば王も祭司も審神者も不要となる。だからこそ支配者たちはイエスを危険視した。ヘロデが恐れたのは暴力ではなく、自立した意識なのだ。
その図式は現代でも変わらない。誰の支配にも入らない自立した人間が増えたら、支配者たちはその役割を保てないからだ。彼らは正統性を必要とし、宗教もスピリチュアルも「正しいルート」「認定資格」などの言葉で人々を自らのテリトリーに囲い込もうとする。どれほど洗練されたように見えても、そのコアの部分にはヘロデ的意識が残ったままだ。
だが、私たちはヘロデの物語を終わらせる局面に入っている。霊的正統性を声高に主張するなら、それは恐怖で他者を縛る構造を保つ役割を持ってしまう。霊性の本質は政治やコミュニティの秩序を維持することには関係なく、一人一人の自由を拡張すること、主権を自分自身が持つことにある。他者が言う「神」を信じたとしたら、その神は本来の神ではなくその他者の手に落ちた「神」だ。
私たちの中には「自分が正しいと思いたい」「導かれたい」「認められたい」という思いがある。承認欲求は根深いものではあるが、こういった気持ちが自分の中にもあると気づいたとき、その人の内側で自らの「神」が生まれる。支配より目覚め、怖れより観察、正しさより自由。これがヘロデの構造を破壊する意識の成長段階となる。

