レベルアップ

高橋ハナの「いといみじ」 変人とはなんぞや

 子供の頃から現在に至るまで、口に出して変人扱いされてきた。子供の頃は勉強が好きだと言って引かれていたが、私から言わせれば野球やサッカーが好きだっていうのと何も変わらない。体を動かすか脳みそを使うかの違いだけだ。

 「ごきげんよう」が挨拶の女子中で髪がぐちゃぐちゃのまま登校、定期テストではドベ→中上位→ドベ…を卒業までループ、中3の11月に受験するなどと言い出して都立入学、三年間パンク漬けあたりもおそらく変人要素に入るだろう。大学は中退、バツ2、5年弱の海外生活とか、およそ一般的ではない。

 娘も途中までかなり似た経歴だったが、彼女は大学卒業どころか専門学校まで出たのでおつりが来た感じ?母親に「あんたは育てにくい!子供ができたら私の気持ちがわかる」などと言われていたが、キャラクターはかなり違えど同系統に振れた娘(=多数決で多い方を選ばない)だったので実に楽しい子育てだった。

 親子して変人扱いされてきたが、反応の仕方はずいぶん違う。私は変なやつと言われたら「私にとって私は普通、あなたの方が変」だと言い、高校の倫理では「パンクにとってパンクは常識である」という箴言を作った。一方、娘は「どうすれば普通になれるんだろう…」と悩み続けた。仕種がおかしいんじゃないか、変なことを言ったんじゃないか、見た目が何か変なのかもしれない…。んなわけあるか。

 地球上同じ経度緯度にいる人間は一人もいないのと同じで、自分とまったく同じように考える人間はいない。永遠に君を愛したくても愛が全てだとそのときは思っても、どこかで思考のズレに気づくはずだ。それでもなんとなく受け入れたりケンカして落とし所を見つけたり諦めたり、そうやって人は人を受け入れていく。

 「変なやつ」とは、とどのつまり「自分とは違う」というだけのことだ。なのに幼いコミュニティの中では「自分の方が優位にいたい」ために使われたり、逆に「私変わってるから…」的なアピールになったりする。全員自分とは違うんだから、変わってるも変わってないもないはずなのに。

 私がやっている、メタフィジックスを教えるなんて仕事はおそらく変人の極みだ。でもそんなことばっかり考えて世界中で教えを乞うて、形而上学の博士号を取ろうとしている(アメリカでの扱いは神学校)今、「変人」だったことがこんなに役に立つのか、と思っている。「自分」のあり方に悩み続けてきたということは、結果的に形而上学的な思考を続けてきたということだからだ。尊敬できない大人の言葉や常識を自分の中に取り入れなかった結果、私は私に、娘は娘になった。

 自分のクラスでも言っているが、何を選ぼうが「望まない他者に影響されていない自分の選択」なら何でもいい。うまくいったらいえーい🕺って感じだし、間違ったと思ったら改めて選び直せばいいだけだ。自分の人生がRPGだったら、どんな装備を身につけたいか。それぞれ自分が物語の主人公なんだから、最終的に大切なのは自分自身を肯定できるかどうかだと思う。私はロトの剣より、はやぶさの剣がほしいです。

関連記事一覧