ナンマトル

オーパーツ大好き!ナンマトル

 今回は「ナンマトル」をご紹介いたします。ナンマトルはミクロネシア連邦のポンペイ州にある人工島群の総称です。遺跡の規模としてはオセアニアで最大とも言われる、海を埋め立てて造られた人工島が集まって出来た都市型の遺跡です。

 これらの人工島は西暦500年ごろに建築が始まって、1000年ごろから建築が本格化。1500年ごろまでに多数の巨石記念物と呼ばれるように自然石を使って建築されました。島の総数は約90~100島以上(各国の定義によって数にバラツキがあります)。都市の面積は約1.5km × 0.5kmもあり、玄武岩によって造られています。玄武岩を外周に積み重ねて囲いを作り、その内側を砂や砕いたサンゴで埋め立てるように島が作られています。この人工島は高さ(海抜)が1.2mほどで、満潮時にはそのほとんどが海面下に沈んでしまいます。現代の海面上昇の影響もかなり出ていますね。

 現地の神話では、このナンマトルは”神”または”魔術師”だった2人の兄弟”オロシーパ”と”オロショーパ”によって作られたと言います。この兄弟は西方の伝説の地からポンペイ島にやってきて、石や巨石を宙に浮かせてナンマトルをくみ上げていったと伝えられています。兄のオロシーパが亡くなるとオロショーパが後を引き継ぎナンマトルを完成させました。

 このオロショーパから始まる王朝がシャウテレウル王朝と呼ばれ、この地を治めていました。王朝が続いていくと次第に圧政を敷くようになり1600年代に終焉を迎えました。そのあとは地区ごとに治められていて統一政権が作られず、各地区の長は後継者に口伝で伝説を伝える習わしがあり、伝説の全貌は語られませんでした。そのため、他の地から来た学者たちは伝説をまとめる事が難しく、現在も伝説の全体像を解明するに至っていません。

 実際にナンマトルはある訳ですが、多くの謎に包まれています。

 巨大な玄武岩はどのように運ばれたのか。オロシーパとオロショーパが本当に巨石を浮かばせて運んでいたなら大事件な訳ですが…。だとしてもどこから運んだのかと言う謎は残ります。ポンペイ島には採石場になるような石場は無く、別の島から船で運んで来たと言うのが有力な説ではありますが、多大な労働力と造船技術、船舶技術が必要になりますが、島民たちが持ち合わせていたのか決定的な証拠は出てきていません。

 建設技術にしても同様で、埋め立ての技術、石を組み上げる技術、どのようにして建築技術を会得したのかも判明していません。モルタルなどは使われおらず、玄武岩の形を巧みに組み合わせることで、地震の多いポリネシアでも崩れることがなく、波によって崩されることもない、屈強な建造物と言うことも建築技術の高さが読み取れますね。

 となると、ポリネシアと言う地域、沈みそうなor沈んでいる建築物ときたら思い浮かぶのは…!そう、ムー大陸ですね。ムー大陸の研究家たちは、このナンマトルが失われた文明の一部だったと語っています。現地の人たちは現在もみだりに立ち入りするべきではない聖地であると認識され続けていたこともあり、勝手に遺跡を発掘した人物が急死したとか遺跡への敬意を払わなかった撮影クルーが発狂したなど、真偽は不明なものの祟りと関連付けられる逸話が広がったこともありました。

 現在ナンマトルは世界遺産に登録されていますが、この登録に協力・支援したのが日本の研究機関でした。このナンマトルが認知された辺りから日本でまことしやかに語られていたのが、ナンマトルが竜宮城のモデルだった説と保元の乱で伊豆大島に島流しにあった源為朝がポンペイ島に渡ってナンマトルを築いた説です。オカルト好きな方はどこかで耳にしたことがあるかも知れませんね。一昔前にテレビ番組でも取り上げられてた記憶があります。

 世界遺産には登録されているものの、堆積物やマングローブ、波の浸食や遺跡の損壊などの理由で危機遺産リストにも加えられています。国際的支援を受けて保存活動が行われていますが、是非大急ぎで見てみたい遺跡ですね。

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