ムナイ・キ──歪められた形を見つめ直す (前) アンデスの秘儀とは?
ケロ族にムナイ・キという儀式はなく(初回の授業でなぜ自分たちのところに来たかを尋ねられて正直に答えたら苦笑いされた)パイストーンも使わないが、どの儀式も準備期間を必要とする。その体系を考えると、仮にムナイ・キという儀式があったとしても自動的に次の段階に進めることはないだろう。これはアルベルトたちのムナイ・キからの流れだが、本来インカの伝統では簡単にパンパメサヨックやアルトメサヨックの儀式は行えないし、名乗っていい称号でもない。その称号を持つ人間は本当に敬われるし、「自分はアルトメサヨックに選ばれなかった、本当に稀にしか選ばれないんだ」などとも言う。アルトメサヨックに「選ばれる」には、山で雷に打たれても死ななかったレベルの体験が必要なのだそうだ。選ぶのは、スピリットたちだ。
話をインタビュー記事に戻すと、「ホモ・ルミナス」や「ルミナス・アースキーパー」といった用語が独自の観点で語られているが、「ホモ・ルミナス」はアルベルトが英語に翻訳して紹介した概念だ。「ホモ・ルミナス=光輝く新人類」はケロ族の預言に基づくもので、インカの伝統で受け継がれてきた霊的哲学の一部だと言える。ルミナス・アースキーパーという概念はその中に存在しない。
アルベルトやマルセラは、長い時間をかけて「そのコミュニティの中で生まれ育っていない者」として学び、一定の敬意を持って南米のシャーマニズムを西洋人向けに翻訳・再構築した。一次ソースである彼らを無視することは、インカやケロだけでなく言及されてもいないアマゾンのシャーマンたちへの敬意もないことにならないだろうか。私たちがヒーラーやシャーマンとして他者に影響を与えようとするとき、自分が参加したクラスの「先生」を無条件に信頼し、その言葉を無条件に採用していいのだろうか。私は別にケロの代弁者でもなければシャーマンとして活動しているわけでもないが、自分が学んできたことを伝えるクラスを持っていて、自分がどうすれば誠実でいられるか考え続ける責任があるのだ。
(後編に続く)