霊的な力を求める代償 数々の伝承から見る「得るもの」と「失うもの」
何のために霊的な力を求めるのか
仏教では、神通力(超常的な能力)は修行の副産物であって目的ではありません。むしろ力への執着は悟りへの障害となると警告されています。ヒンドゥーのヨーガでも同様です。パタンジャリの『ヨーガ・スートラ』では、シッディ(超常的な力)の詳細について述べた後、それらへの執着は三昧(サマディ)への障害だと明言しています。
西洋の秘教の流れでも動機については重視されました。黄金の夜明け団やその系譜の団体では、魔術的な力をエゴの肥大のために使うのは黒魔術への道で、最終的には修行者自身を破滅させると警告しています。
ユング派の分析家マリー=ルイーズ・フォン・フランツは言います。「無意識の深みに降り、そこであらゆる霊の道を見た者でなければ、同胞の深刻な精神的苦しみに対して真に共感するのは難しい」。そしてこうも言いました。「参入の病を克服する前に、早々とシャーマンとして活動し始める者がいる。あまりにもよく見かける光景だ」。
力を求める前に知っておくべきこと
霊的な力の追求には現実的なリスクが伴いますが、すべての霊的実践が危険なわけではありません。多くの人が瞑想やヨーガから恩恵を受けていますし、適切な指導のもとで行われる霊的修行は有害ではないでしょう。
問題は、準備なしに、指導なしに、あるいは不適切な動機で高度な実践に手を出すことです。古代から修行者は何年もかけて基礎を固め、指導者の下で段階的に学びを進めました。これは保護という意味もありますが、現代の霊的な実践では欠けていることの多い構造です。
霊的な修行を進めようとするとき、大切なのは次のような視点です。
・自分の動機を正直に見つめる 力や特別な体験を求める裏に未解決の心理的問題が表れている可能性があります。 ・信頼できる指導者を見つける 経験が長く、困難な体験について知識を持つ指導者が理想的です。「ポジティブな体験しかありません」と言う指導者は、おそらく経験が浅いか誠実ではありません。 ・ゆっくり進める 密度の高いリトリートや高度な技法は十分に準備できてからにしましょう。 ・自分の体と心のサインに注意を払う 困難な症状が現れたら実践を中断し、必要に応じて専門家の助けを求めてください。
霊的な力は、求める者に与えられるとは限りません。むしろ多くの文化で、力は準備ができたと見なされた者に―しばしば本人の意思に反して―「召命」として与えられるとされます。そして召命を受け入れるかどうかはまた別の選択です。
あなたを呼ぶ声は聞こえていますか?
参考文献
- Eliade, M. (1964). Shamanism: Archaic Techniques of Ecstasy. Princeton University Press.
- Grof, S. & Grof, C. (1989). Spiritual Emergency: When Personal Transformation Becomes a Crisis. Tarcher.
- Lindahl, J. R. et al. (2017). “The Varieties of Contemplative Experience.” PLoS ONE, 12(5).
- Greyson, B. (1993). “The Physio-Kundalini Syndrome and Mental Illness.” Journal of Transpersonal Psychology, 25(1).
- Turner, V. (1969). The Ritual Process: Structure and Anti-Structure. Aldine.