
二つの頭を持つ一つの身体 マリーナ・アブラモヴィッチとウーライ
同じ誕生日
1975年11月30日、マリーナはオランダのテレビ番組に出演するためアムステルダムに降り立つ。彼女を空港に迎えに来たのがウーライだった。話しているうちに二人が同じ誕生日-11月30日だということだけでなく、二人とも毎年カレンダーからその日のページを破り捨てる習慣があることもわかった。
その夜、マリーナは『Thomas Lips』を演じた。自分の腹に剃刀で五芒星を刻み、自分自身に鞭を入れて氷の十字架の上に横たわる。パフォーマンスが終わった後、ウーライは彼女の傷を洗って包帯を巻いた。この日から、二人の芸術的・肉体的融合が始まる。
二人はシトロエンのバンに乗り込んでヨーロッパ中を旅して回った。住所不定、銀行口座なし、犬のアルバが子供代わりだった。オーストラリアでアボリジニと暮らし、チベットの僧院を訪れ、サハラ砂漠やゴビ砂漠を横断した。彼らは自分たちを「二つの頭を持つ一つの身体」と称した。二つの自我を消滅させ、一つの芸術的な存在になろうとした。
身体で融合を試みる
彼らのパフォーマンスは、文字通り身体をぶつけ合うことから始まった。1976年の『Relation in Space」で、二人は全裸で向かい合い、お互いに向かって走り、衝突する。最初は軽く触れる程度だったのが次第にスピードが速まり、58分間もの間二人は激しくぶつかり続けた。
次の年の『Breathing In / Breathing Out』では、二人は鼻を塞いだ状態で口と口をつけ、互いの吐いた息だけを吸い合った。やがて酸素が足りなくなり、19分後には意識を失いかけて終了した。『Light/Dark』では、お互いの顔を打楽器のようにリズミカルに平手打ちし合う。どれもベクトルは違えど暴力的なパフォーマンスだ。
二人は「パフォーマンスでやっていたことは、私たちが愛し合い、理解し合う方法とは正反対だった」と言っている。彼らはパフォーマンスをすることで、日常の中では届かない領域に触れていたのかもしれない。
心臓に矢を向けた4分10秒
1980年にダブリンで行われた『In Rest Energy』は、彼らのパフォーマンスの中でも特に危険な作品だ。マリーナは弓を持ち、弦を自分の側に向けて構える。ウーライはその弦を引き、矢をマリーナの心臓に向ける。それぞれが後ろに向けて体重をかけ、その張力だけで弓を維持するのだ。心臓にはマイクが取り付けられ、心拍音が会場に響き渡った。
4分10秒。ウーライの指が滑ろうものなら、次の瞬間矢はマリーナの心臓を貫く。
「私は主導権を持っていなかった」とマリーナは語った。彼女によれば、この作品は「完全な信頼のパフォーマンスだった。4分10秒だったけれど、私にとっては永遠だった」のだという。一度もキスしてくれなかった母と、13歳で死んだ父。見捨てられた子供時代を持つ二人は、命を預けてパフォーマンスを行った。弓と矢-二人とも11月30日生まれの射手座だったのは偶然だろうか。
子供を持たないという選択
1976年秋、マリーナはウーライの子供を妊娠、そして中絶を選んだ。のちに「子供がいたら私の作品は災害になっていた」と語った彼女は、生涯で3回中絶を経験した。
ウーライにはかつて捨てた子供たちがいた。ドイツに残してきた息子、別の女性との間に生まれた子供。彼は「子供を作って去る」というパターンを繰り返していて、マリーナもそれを知っていた。それはマリーナが子供を生まなかった理由でもある。彼女の言葉で言うなら、「子供を作って消える男との間には産めなかった」のだ。
「二つの頭を持つ一つの身体」になろうとした二人は、三つ目の命を生み出すことはなかった。