スクリャービン

神秘和音に神を聴いた男 アレクサンドル・スクリャービン

 オーケストラ、大規模な混声合唱団、舞踊家、行列、香、色彩、炎。神殿は数種類の石で造られ、霧と光によって形を変える。雲の高さから吊り下げられた巨大な鐘が参加者を呼び、日の出には前奏曲、日没には終曲が奏でられる。最終日の7日目、儀式のクライマックスでは振動によって神殿自体が崩壊し、参加者は「非物質化」する。人類は「より高貴な存在」に変容し、世界は至福の中に溶解するのだとスクリャービンは言った。これを終末論と呼ぶこともできるだろう。だがキリスト教的な最後の審判とは根本的に異なる。

 スクリャービンが神智学を通じて学んだインド的宇宙論で、破壊と創造は一体となっている。シヴァのタンダヴァ(तांडव、宇宙的舞踊)が世界を滅ぼすのは、新たな創造のためだ。プララヤ(प्रलय、宇宙の溶解)は、新しいカルパ(कल्प、宇宙周期)の始まりの前に起きなければならない。始まりがあれば終わりがあるのが二元論の世界だが、その終わりがまた新たな始まりを生む。宇宙のビッグバンから生まれた地球も人間も、いつかビッグクランチとともに終わることになるだろう。だがそれは消滅ではなく、次の膨張への準備だ。

 スクリャービンの「神秘劇」は、この宇宙的サイクルを人為的に、音楽によって引き起こそうとする計画だった。

未完の楽譜

 スクリャービンの死によって、「神秘劇」は永遠に未完のままとなった。残されたのは、7日間の儀式の序章になるはずの「前行為 / Предварительное действо」72ページのスケッチと、1枚のオーケストレーションだけだ。

 もしこの儀式が行われていたら、本当に世界は終わっていたのだろうか?恐らくそんなことはないだろう。「神秘劇」の本当の目的は物理的な世界の終焉ではなく、参加者の意識の変容だったはずだ。7日間の没入的体験を通じて自我の境界が溶解し、それぞれが宇宙的全体性との一体化を経験することが「非物質化」だったのではないだろうか。0がすべてを内包した∞—量子場である以上私たちは決して死なず、「世界」は続いていく―スクリャービンは恐らく、実際にそれを体験させようとしたのだ。

 彼の葬儀には数千人が参列し、入場券を発行しなければならないほどだった。棺を運んだ一人だったラフマニノフは、その後ロシア各地でスクリャービン作品の追悼演奏会を開催した。ラフマニノフが自作以外のピアノ曲を公開演奏したのは、これが初めてだった。

明るい青

 2015年、スクリャービン没後100年に際して音楽家たちがヒマラヤに向かった。インド・ラダック地方のティクセ僧院で、スクリャービンの音楽と舞踊、光と香りを組み合わせた公演が行われた。チベット仏教僧によるチャム舞踊、フランスの調香師ミシェル・ルドニツカによる12種の香り、スクリャービンの色彩体系に基づく照明。グランドピアノは1000km以上離れたデリーから運び込まれた。「神秘劇」そのものではなかったが、スクリャービンの夢がようやく具現化された瞬間だった。

 ガガーリンは宇宙から帰還したとき「地球は青かった」と言った。スクリャービンの色彩体系において、嬰ヘ長調—「プロメテウス」の最後に演奏される—は「明るい青」だった。まだ誰も宇宙から地球を見たことがない時代、彼には何が見えていたのだろうか。

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