テル・エル・アマルナ

異端のファラオ 𓇋𓏏𓈖𓇳𓅜𓐍𓈖 アクエンアテンを深掘りしてみる

 この改革の理由のひとつに、腐敗した神との関わりを正す目的があったのではないかと言われています。アメン=ラーだけでなくマアトやアヌビスなど死後に関わる神々の神官への賄賂という問題で、亡くなった近親者が問題なく冥界を進めるよう願う人々の心につけこむようなこともあったのかもしれません。アマルナにはアテン神官たちも存在しましたが、神の意志を伝えられるのはファラオだけだとされました。

 当然のことながらこの改革は軋轢を生み、アクエンアテンとその都は悲劇的な最期を迎えます。

 アクエンアテンの死後アマルナの都は打ち捨てられ、彼の顔や名前のついたレリーフは削り取られました。彼は歴史から抹殺されたファラオとなり、のちに異端の王として知られることになったのです。王家の谷(Kings Valley)のKV55はツタンカーメンが埋葬されたKV62の向かいに位置していますが、この墓はほかのファラオたちの墓とは異なり壁は漆喰のままで碑文も装飾もなく、アクエンアテンの名前と姿は一か所を除いてすべて父であるアメンホテプ三世に変えられていました。

 棺は破壊されて蓋は半開きのまま放置されており、ミイラは一部が白骨化して頭蓋骨は身体から分離、ファラオによく見られる両手を胸の前で交差するポーズではなく右腕だけ伸びていたといいます。このミイラはアクエンアテンか、謎の多いファラオ・スメンクカーラーのどちらかの可能性しかなく(私は個人的にスメンクカーラーはネフェルティティだったと考えています)、DNAを調べた結果ツタンカーメンとの父子関係が認められたためにアクエンアテンだということがわかりました。

 スピリチュアル界で有名なダスカロスの『シンボル・オブ・ライフ』では、アクテンアテンが対立していたアモン=ラー神官の一人に毒殺されたこと、そこに至るまでのいきさつなども描かれています。スピリチュアル系の記事などで「アクエンアテンは/イクナートンは/アメンホテプ四世は毒殺されました」と書いているのをよく見かけますし私もそう考えていますが、学術的に確定された死因ではありません。多くの人たちが彼は毒殺されたのだと考えているのは、逆に言えば遥か遠い古代の記憶が無意識に残っているのかもしれないと思います。

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