バビロンからヤマトへ ユダヤ系渡来人と古代日本
大化の改新において中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我氏を排斥したのは、古来の神道を守る意図があったのではないかとも言われます。鎌足には赤ん坊のときに稲荷大神から鎌を授けられたという伝承があり、蘇我入鹿を討つまでお守りとして身につけ、その後お告げによって鎌倉の地に奉納したといいます。そして「稲荷」はキリストが磔刑に処された際に頭上に掲げられた「INRI」に由来するといった説があり、神道とユダヤ系の関わりが考えられます。
日ユ同祖論を否定的に捉える場合、わざわざ海を渡って古代ユダヤ人が日本まで来るわけがないと言われることがあります。ですが、バビロン捕囚からアケメネス朝、そして秦を経て古代朝鮮半島の国々を通り、大化の改新・乙巳の変に至るまでには紀元前597年から西暦645年という長い年数を経ています。中東から一足飛びに日本にやってきたわけではなく、1200年以上かけてゆっくりやってきたのであれば充分に可能なのではないでしょうか。
ミトコンドリアDNAは男女にかかわらず女系の祖先を辿れますが、ハプログループは父親から受け継がれるY染色体の検査なので、男性しか父方の直系を調べられません。私たちが旅行に行くときに日本人グループであることが多いように、一つの集団として動いていた男女は同じ人種だった可能性が高いでしょう。ですが、人種を遡っていくと、ミトコンドリアイブ・Y染色体アダムという共通の存在に行き当たります。結果として「〇〇人はどこから来たのか」という疑問は、それが何人であっても答えは「アフリカから」になるのです。
大和朝廷の祖である神武天皇の東征は、ユダヤ系が日本を統一していった過程であったとも言われます。結果的に大和朝廷が現在の神道の形を作り、政治を作り、「日本」という国を作って維持してきたのです。その過程で縄文人と呼ばれる人々と同化していき、現在の日本人ができていきました。少なくとも血という意味で日本人が単一だったことはなく、そして単一民族ということにこだわる必要もまったくないのではないでしょうか。
日本人は無宗教だと言って海外で驚かれると言われますが、私たちの基盤は思ったよりずっと「神」の存在に支えられてきたのかもしれません。古代から続いてきた宗教と戦いによる領土の拡大は、極東の島国である日本に行きついて世界でも珍しい神への概念を生み出したのでしょう。