守矢神長官史料館

まつろわぬ神々 ミシャグジ神と諏訪の信仰

土地への誇りと反骨

 7世紀から8世紀にかけて、大和朝廷は律令国家体制を整備し、地方豪族たちを中央の支配下に組み込んでいった。国司が派遣され、神祇官のもとで全国の神社も統制されるようになった中、地方に残された選択肢は「従う」か「滅びる」かの二択に近かった。

 諏訪大社もこの波に飲まれ、「建御名方神」を主祭神とする体制が明確になった。地方の神々も表向きには新たな秩序に組み込まれざるを得なかったのだ。それでも、諏訪の人々は土地の神々への祈りを密かに、あるいは公然と守り続けたのである。

 それは圧倒的な力に抗い、己が魂を手放さないための、静かな反骨の姿勢だったのではないだろうか。新たな秩序の中でも、地域の伝統を絶やすことなく受け継ぐ──それこそが、まつろわぬ精神の真髄と言えるだろう。

いま、耳を澄ませば

 大和朝廷は多くの神々を管理下に置こうと試みたが、ミシャグジ神は人々の祈りの中でその力を保ち続けた。征服されることなく、土地と人々の間に深く根を下ろしたミシャグジ神は、制度に組み込まれた「神」ではなく、地そのもの、命そのものに寄り添う本質的な神だったのだ。

 では、現代に生きる私たちはどうだろうか。中央から一方的に与えられる価値観や、均質化された「正しさ」に安住し、考えることをやめてしまってはいないだろうか。

 まつろわぬ神々は、異なるものを受け入れ、権力に従うことを拒んだ存在である。現代社会が抱える「境界の破壊」の問題に諏訪の例を生かすことはできないだろうか。諏訪と大和朝廷はある意味でお互いを放っておくこと、境界線を引くことができていたのだ。

 静かに耳を澄ませば、かつて「まつろわぬ」と呼ばれた神々の、静かで力強い囁きが聞こえてくるだろう。その声は、単なる過去のものではない。今を生きる私たちへの問いかけでもあるのだ。

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