解放

神の途切れた場所で トラウマを超えて“自分”を思い出す

「トラウマ」という自己との切断

 「トラウマ」という言葉は、過去に起こった出来事による傷として捉えられることが多い。交通事故や暴力、身を切られるような別れ…。それは確かに、あなたに痛みを与えてきただろう。だが、本当の影響はただ痛みとして残るだけではない。

 ガボール・マテ(Gabor Maté)は『トラウマという叡智(The Wisdom of Trauma)』の中で「最大の悲劇は、愛も支えもなかったことではない。その結果、自分の本質との繋がりを失ってしまったことだ」と言った。外的な出来事の記憶そのものではなく、傷ついた出来事への対処として心を閉ざし、その結果として生まれた内的変形が「トラウマ」だという。

 人は誰もが「自分を切り離した瞬間」を持っているだろう。そしてその切断が現在の自分に影響を及ぼし、思考や感情、周囲との関係性を作っている。私たちは一体何と切り離されてしまったのだろう。

「神性」とは何か

 「スピリチュアル」という言葉は、今現在多くの文脈で「超常的な力」に関連する。それを信じる側、嘲る側それぞれの思う「スピリチュアル」は怪しいニュアンスを纏っている。だが元々の「霊的な」という言葉は、人間の中にある「神性」に関わっていた。感覚や感情、私たちが自分では計算できない領域を指す言葉であって、サイキック的な意味で使われていたわけではなかった。

 人は誰でも、言葉にできないもやっとした気持ちを感じたことがあるだろう。不安なのに平気なふりをしている自分と、本当の自分がずれているように感じるのは、本来のリズムから外れているという目印かもしれない。このリズムは自分自身の秩序とも言えるもので、これに触れたとき神性が現れる。何か特別なことが起きるわけではなく「ああ、これだ」と腑に落ちるような瞬間だ。古代から人々はその感覚を神性のかけらと見なしてきた。

 ユング心理学でいう「個性化(individuation)」は、自分を作り替えるのではなく、自分の中にすでにあるものを取り戻していく過程とされる。それは混乱や痛みを経験しながら、ずっとそこにあった“自分”の中心に還っていくような旅…メーテルリンクの『青い鳥』で描かれた物語だ。

 神話の中で、神は混沌に秩序を与える存在として描かれることがある。私たちが神性を感じるのは、内側に潜んでいた秩序が混沌を超えて浮かび上がる瞬間だと言える。

変化し続けるプロセスとしての「癒し」

 癒しが必要だと感じるとき、私たちが実際に求めているのはどういう状態なのだろうか。癒しを欲するのは「元に戻りたい」、「傷のなかった自分に戻りたい」という願いだとは言えないだろうか。「本来の自分」「ありのままの私」—それは確かに美しい表現かもしれない。だが「本来の自分」を意識するあまり変化しなければ、逆に苦しくなってしまう可能性がある。古い自分を脱ぎ捨てる必要がある、変化する必要があるのだ。

 ジョン・ウェルウッドは「スピリチュアル・バイパッシング」という概念を生んだ。これは痛みや葛藤と向き合うのを避けるために「高次の意識」や「ポジティブ思考」に逃げ込んでしまうことを指す。「癒された私」「整った私」というイメージを保つために、本当の自分自身の感情や混乱を否定してしまうのだ。

 本質的な癒しは「回復」と言うより「統合」に近い。痛みを排除せず、その痛みも自分の一部として抱えようとするプロセスだ。それには終わりがなく、時には不完全を放っておく勇気が必要かもしれない。何かを得ることで傷を埋めようとするのではなく、失ったと思っていたものと「もう一度つながる」ことが大切なのではないだろうか。そのとき、自らの神性もまた目覚めていく。

自分を癒すために何ができるか

 「トラウマを癒す」「神性を取り戻す」のに、特別な儀式や能力は不要だ。そういったものが役に立つとは言えるだろうが、必須条件というわけではない。自分でできる方法は、下に挙げるもの以外にもいろいろなものが存在する。

  • 感情のラベリング UCLAの神経科学者マシュー・リーベルマン(matthew lieberman)の研究では、感情に名前をつけるだけで扁桃体の活動が抑制され、情動の調整が進むことが分かっている。
  • 身体感覚への注意 ピーター・レヴィーン(Peter Levine)博士の「ソマティック・エクスペリエンシング」では、身体の内側の微細な感覚に注意を向けることで、トラウマ的エネルギーを解放できるとされる。
  • 安全な他者との関係 スティーブン・ポージェス(Stephen Porges)博士のポリヴェーガル理論では、安心できる対人関係は副交感神経系を活性化し、心身の安定をもたらす。安心できる他者との交流は、癒しの基盤となる。
  • 「いまここ」への意識 マインドフルネスは、現在の瞬間に意識を向けることで過去の反応パターンからの脱却を促す。

 どれも決して劇的な変化が起きるようなものではない。だが実践の積み重ねが「自分との関係を修復する」ためのプロセスとなり、神性との再接続が一歩一歩進んでいく。トラウマによって断たれた「自分」という流れが、もう一度動き出す。それは、過去のある時点で途切れてしまった神―自分の本質との関係を取り戻す旅なのではないだろうか。

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