「聞く」と「見る」 二元性を超えた感覚のシフト
「聞く」が次元を超える理由
一般相対性理論によって、重力だけが空間と時間そのものに作用することがわかっています。電磁力や弱い力・強い力は「箱の中のものを押したり引いたりするだけの力」ですが、重力は箱そのもの…空間と時間の形を変えられる力です。また、弦理論やブレーンワールド仮説は、重力だけが高次元に「漏れている」=重力だけが次元を超えられるという前提に立っています。地上で次元を超えることができる唯一の鍵は重力なのです。
常識や他者からの影響をすべて手放した状態で「自分自身」のエネルギーを一粒の量子に圧縮し、ハートの奥の一点から「裏返り」ます。肉体というゴムボールを裏返して、閉じ込められていたエネルギーを一気に世界と同化させるのです。このときエゴが残っていると二元性を超えることができず、従って次元を超えることはできません。その瞬間「脇に置いておく」ために、ひとつ残らず自分のエゴを知っておく必要があります(処理しなくても大丈夫なものがたくさんあります)。
「見る」と「聞く」の対比表
| 見る(二元性) | 聞く(一なる世界) | |
|---|---|---|
| 在り方 | 観察者として世界を外側から見る | 世界の一部、自分自身が世界になる |
| 情報の受け取り方 | 分析的・外からの情報として把握 | 直感的・内的な感覚として把握 |
| 方法 | 視覚的、言語的、判断を必要とする | 感覚的、非言語的、判断不要 |
| 時間・空間の捉え方 | 一直線、一方向へ流れる | 螺旋・同時多発的、方向性なし |
「見る」「聞く」それぞれの方法論は、どちらが優れている・正しいというものではありません。例えば誰かの気持ちを知りたいとき、世界の一部という大きな意識状態よりも人間により近い二元性の方法論の方が情報を取りやすいはずです。逆に未来の地球はどうなるかを知りたいなら、可能な限りエゴを外したその時になれる最大の「一」になった方が深いところまでわかると思います。
どちらが優れているかという観念を持ったままで「一になる」「次元を超える」ことはできませんし、スピリチュアルやメタフィジックスを突き詰めていくと、必ずエゴと向き合う局面が訪れるはずです。であれば、できるだけ早い段階でそうした観念を手放すことが近道なのではないかと思います。