
二つの頭を持つ一つの身体 マリーナ・アブラモヴィッチとウーライ
万里の長城で結婚するはずだった
1980年、二人はオーストラリアの砂漠で壮大な計画を立てた。「宇宙から見える唯一の人工建造物」-万里の長城を両端から歩き、真ん中で出会って結婚するというものだ。
このパフォーマンスは中国政府の許可を得るのに8年かかり、その間に二人の関係はすっかり崩壊していた。嘘、不倫、そして失敗した3人での関係。1981年から行っていた『Nightsea Crossing』で、二人は向かい合ったまま何時間も黙って座り続けていた。だがある公演でウーライがギブアップし、マリーナは空っぽの椅子を見つめ続けた。「これが終わりの始まりだった」と彼女は言う。
1988年、ついに許可が下りた。だが当初の予定とは異なり、結婚式ではなく別れの儀式が行われることになっていた。
「歩くのは簡単だ」
マリーナは黄海の「龍の頭」から西に向かって険しい山岳地帯を歩いた。ウーライはゴビ砂漠の「龍の尾」から東へ、平坦な道を歩いた。それぞれ2500キロ以上もある、90日間に渡る旅だ。
途中、ウーライからマリーナに宛てた手紙が届いた。「長城を歩くのは世界で一番簡単なことだ」。この時マリーナは、ウーライが通訳を妊娠させていたことをまだ知らなかった。
1988年6月27日。二人は陝西省の仏教寺院で再会、マリーナは通訳の妊娠を知る。「最初は怒りが込み上げ、次に悲しみがやってきた。そして泣いた。彼は通訳が妊娠している、どうすればいい?と尋ね、私は答えた-彼女と結婚しろ、と」
『The Great Wall Walk』を終えた二人は、抱き合って別れた。ウーライは北京で通訳と結婚し、娘ルナが生まれた。だが娘が17歳になったとき、彼はまたしても母子の元を去ることになる。
22年後、MoMAで
2010年、マリーナはニューヨーク近代美術館(MoMA)で『The Artist is Present』を上演していた。椅子に座って、向かいの椅子に座った来場者と無言で見つめ合う。このパフォーマンスは毎日8時間、3か月に渡って行われた。彼女は736時間以上もの間黙って椅子に座っていたことになる。
ある日、来場者として椅子に座ったのは-22年振りに再会したウーライだった。マリーナは大きく目を開いた。そこにはかつて世界中を共に旅した恋人がいた。彼女は涙を流しながら自分のルールを破り、そっと手を伸ばして彼の手を握った。これを見た観客もまた感激の涙とともに拍手した。この瞬間の動画は世界中でバイラルになった。
マリーナはウーライが来ることは知らなかったという。彼女は言った。「目を開けた瞬間、人生全体が目の前を通り過ぎた」。
訴訟 ウーライ、お前…
と、ここまでなら美しい物語だったのだが…。2015年、ウーライはマリーナを訴える。共同制作した作品の著作権料が支払われていないというのが理由だった。オランダの裁判所はウーライの主張を認め、マリーナに25万ユーロ以上の支払いを命じた。
通訳を妊娠させておきながら「歩くのは簡単だ」と書いた手紙を送り、22年後に涙の再会を果たし-挙句の果てに訴訟。ウーライという人間の複雑さと言えばいいのか、どう表現していいかなかなか難しい。
だが二人は和解し、ルイジアナ美術館でインタビューに応じた。「すべての怒りと憎しみは消えた」とマリーナは言った。「残ったのは、私たちが残した美しい作品だけ」だと。
2020年3月2日、ウーライ死去。76歳だった。マリーナは声明を出し、「例外的な芸術家であり、人間だった。深く惜しまれるでしょう」とお悔やみを述べた。
融合は可能か
マリーナとウーライは「二つの頭を持つ一つの身体」になろう、プラトンの神話を生きようとした。果たして彼らは失敗したのだろうか。
ウーライは「子供を作って去る」パターンを繰り返し、マリーナはすべてを芸術に捧げる孤高の道を選んだ。幼い頃に深い傷を負っていた二人は、互いの傷を作品を通して癒そうとしたのか、それとも傷を利用して芸術を作ったのか-おそらくどちらの要素も正解なのだろう。
二人が試みた「融合」は、物理的な身体に依存しすぎていたのではないだろうか。息を吸い合い、ぶつかり合い、矢を向け合う-強烈な身体性を持つパフォーマンスだが、ウーライが途中でギブアップしたように身体には限界がある。だが肉体を超えた意識のレベル、魂のレベルで、私たちは誰かと一つになれる可能性を持っている。プラトンの語った「失われた半身」とは、物理的なレベルを超えた存在のはずだ。二つの頭を持つ一つの身体-プラトンの神話は終わることなく、彼らが切り開いた道の先に続いている。