若松寺

冥婚 ─ 死者と生者をつなぐ祈り

 生きている中で、愛する人との未来を夢見る人は多い。しかし、その夢が叶わぬまま戦争や病で命を落とした人々がいた。彼らの遺族は、その魂が伴侶と結ばれることを願って「冥婚」を行った。独身のまま亡くなった者を、絵や人形など架空の伴侶と結婚させる風習だ。この風習は特に東北で多く見られ、地域によってムカサリ絵馬や人形婚とも呼ばれる。

若松寺のムカサリ絵馬

 花笠音頭にも登場する若松寺は山形県天童市にあり、縁結びの霊場として知られる。「めでためでたの若松さま」と言うだけあって、お礼参りのためや良縁を願う絵馬だけでなく、数多くのムカサリ絵馬が納められている。「オナカマ」と呼ばれるシャーマン(巫女)の勧めで絵馬を奉納するケースも多く、東北地方に根づいた信仰の形が伺える。

 ムカサリ絵馬は漫画やテレビ番組で「生きている人を描くと死者に連れていかれてしまう」として取りあげられたことで、まるで恐ろしい呪いかのような扱いを受けることも多い。だが絵師の一人は「故人の好きだった芸能人に似せて描いてほしい」という依頼ですら断るという。描かれた人に不幸があってはいけないという理由だ。

 もう一人の絵師は霊能力者で、原因不明の眼病にかかった親戚がきっかけで若松寺と縁ができた。戦争で目を撃たれて亡くなった大叔父のムカサリ絵馬を奉納したあと、自分も絵師になったという。子供の頃から幽霊を見ていた彼女は、絵師になってからオナカマの修行をした。絵馬を描くときは故人を呼び出し、要望をじっくり聞いてから描くそうだ。

 ムカサリ絵馬の絵師二人はどちらも、生きている人間に影響がないようにしている。ムカサリ絵馬を研究している人は「死者は生きている人を頼っているのであって、災いを起こすことが目的ではない」という。興味本位でホラーじみた脚色をされてしまったが、冥婚は生者と死者を結ぶ時空を超えた祈りであり、ひとつのコミュニケーションの形なのだ。

川倉賽の河原地蔵尊の人形堂

 青森県五所川原市、太宰治の故郷にある川倉賽の河原地蔵尊。ここは津軽の死者供養の霊場として知られ、人形堂には「冥婚のための人形」も奉納されている。独身のまま亡くなった者のために男女ペアの人形を納める、ムカサリ絵馬の人形バージョンだ。 日本人形が多いが、既製品のリカちゃん人形やフィギュアなど、いろいろな人形が納められている。

 亡くなった人の伴侶となる人形には名前がつけられる。だがムカサリ絵馬と同様、実際に生きている人の名前はつけない。不思議な体験を繰り返した母親がイタコに息子の霊を降ろしてもらったところ人形を納めるよう言われ、数年のうちに子供を表す小さな人形を納めて家族になったケースもあったという。人形堂に並ぶ無数の人形は、遺族が愛する者のために行った大切な儀式とその深い思いを表している。

 若松寺近辺では「オナカマ」と呼ばれる巫者は、こちらでは「カミサマ」「イタコ」だ。都会では忘れ去られた目に見えない世界が感じられる地域は思いのほか多い。東北地方の巫者たちが亡くなった人しか知りえない情報を家族に伝え、その人たちを癒すために冥婚という風習ができた。最初に目に見えない世界の存在があって、必要だからできた風習が今でも続いているという順番だろう。

靖国神社・遊就館に残る戦没者の冥婚

 靖国神社の遊就館には、戦争で亡くなった若者たちの遺品や手紙が展示されている。その中には、遺族が彼らのために描いた冥婚の絵が含まれている。

 戦争は、多くの若者の未来を奪った。現代の日本では考えられない「国を守る」という意志の元、恋もできないまま帰らぬ人となった若者も多い。彼らのために描かれた「いつか結婚するはずだった想像上の女性の花嫁姿」は何とも切なく、こんな日本になってしまったことを申し訳なく思う。遺族の悲しみと切ない願いが込められた絵は今でも静かに展示され、英霊たちの魂を見守り続けている。

冥婚が伝えるもの──「この世」と「あの世」を超える愛

 冥婚は単なる風習ではない。それは亡くなった子供や親戚が向こうで幸せに暮らすための祈りであり、巫者を通してあの世とこの世を繋ぐコミュニケーションだ。興味本位にオカルトとして扱っていいものではないだろう。冥婚に込められた「大切な人を想う心」は、決して消えることはない。それは、亡き人とともに生きるすべての人の心の中で、今も息づく願いの形なのだ。

 私たちがいつかあちらの世界に行ったとき、愛しく思っていた人たちが幸せに暮らしていてくれたら…。死は思っていたほど悪いものではなかったと思うのかもしれない。

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