ツチノコ

ツチノコを追え!─ 昭和の山道に潜むUMAとぼくたちの休日

 バブルだ何だと大人たちが騒いでいた頃の話だ。岐阜の東白川村が一大ブームを巻き起こした。村の広報誌に「ツチノコを見た」という投稿が掲載されたからだ。最初はちょっとした話だったのに、二十数人が「自分も見た」と名乗り出て大騒ぎになった。「ビール瓶を丸呑みしたような太い胴体のヘビだった」「跳ねたり転がるように動いたりしていた」なんて証言が次々と飛び出し、村をあげてUMA獣探しが始まったらしい。

 1989年からは毎年5月3日に「ツチノコ捜索大会」が始まった。小学生にとってUMAなんて夢見たいな生き物だ。父親たちは軍手に長靴、子供たちは棒や懐中電灯を手にして山に突撃する。「こちら本部、異常なし!」なんて声は、おそらく川口浩探検隊に影響されてたんだろう。胸はワクワク、足元はガクガク。ガサッと音がするたびに「出たか!?」と期待が高まる。

 お尋ね者のツチノコは黒褐色や灰色で背中には斑点、体長30〜80センチ、蛇にはあり得ない太い胴体。中には「飛んだ」「立ち上がった」なんて証言もあった。もちろん実物は捕まっていないし、写真もない。要は証言だけで話が膨らんでいったわけだ。

 やがて村には「つちのこ館」や「ツチノコ神社」まで出来て(なんと現存している!)、ツチノコに関する当時の切り抜きやぬいぐるみ、模型などが展示されている。今では観光スポットになっているけれど、あの頃のぼくたちにとっては山全体がツチノコの聖域だった。

 何度探検に出かけても、ツチノコは結局現れなかった。でも、探検している自分たちの心臓のドキドキは本物だった。藪のカサカサいう音、川のせせらぎ、遠くで鳴く鳥や虫の声まで、何もかもがツチノコの気配のように感じた。空っぽの虫かごをぶら下げて帰る道すがら、友達と「どこにいるんだろう」と作戦会議をしたのを今でも覚えている。

 ツチノコ捜索大会は「つちのこフェスタ」に変わり、今でも毎年5月3日に開かれている。賞金付きの「つちのこ本気捜索部門」や宝探し、屋台などで村全体が盛り上がる一大イベントだ。あの頃のワクワクは今でも生きていて、今でも毎年新しい探検隊を山に送り出しているのだ。

 まだだ。まだぼくはあきらめんよ。まだ見つかっていないだけで、こっそりどこかにツチノコがいると信じたい。あのドキドキした気持ちはスマホの中には絶対にない。昭和の少年たちにとって、その高揚感を味わうことこそツチノコ探しの醍醐味だったのだ。

つちのこ館
岐阜県加茂郡東白川村神土426-1 道の駅「茶の里東白川」近く、駐車場あり

つちのこ神社(親田槌の子神社)
岐阜県加茂郡東白川村神土1658 つちのこ公園の駐車場近く

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