ホープダイヤモンド

ホープダイヤモンド ─ 持ち主を破滅させる青い宝石の呪い

エヴァリン・ウォルシュ・マクリーンの悲劇

 20世紀に入ると、宝石はトルコの宝石商セリム・ハビブ、パリの宝石商ピエール・カルティエを経て、アメリカの社交界の花形エヴァリン・ウォルシュ・マクリーンの手に渡った。彼女は呪いの噂を知っていて宝石を購入し、むしろお守りとして身につけていた-彼女は「呪いは自分には効かない」と信じていたという。愛犬の首輪につけたり、パーティーで友人に試着させたりもした。だが、彼女の人生は悲劇に彩られている。

1919年 9歳の長男ヴィンソンが自動車にはねられて死亡
1941年 夫のエドワードがアルコール依存症の末、精神病院で死亡
1946年 25歳の娘エヴァリンが睡眠薬の過剰摂取で死亡
1947年 マクリーン本人が66歳で死去、莫大な借金を残した

 彼女の遺産管理のため、所有していた『ワシントン・ポスト』紙も売却された。

スミソニアンへの寄贈

 1949年、ニューヨークの宝石商ハリー・ウィンストンはホープダイヤモンドを含むコレクションを購入する。ウィンストンは呪いを全く信じていなかった。世界中の展示会やチャリティーイベントでダイヤモンドを公開した後、1958年11月10日、スミソニアン協会に寄贈した。

 ウィンストンはこのダイヤに100万ドルの保険をかけ、茶色い紙に包んだただの郵便小包として送った。送料は2ドル44セント、保険料を含めて合計145ドル29セントだった。この時にも配達員ジェームズ・トッドが呪いの犠牲者として噂された。配達してからというもの、彼は2度の自動車事故に遭い、火事で家が焼け、妻と犬を相次いで失ったという。

呪いは本物か 誇張と創作

 スミソニアン協会によれば、博物館がホープダイヤモンドを所蔵してから「呪いは休眠状態にある」という。学芸員は「むしろこの宝石は博物館に幸運をもたらした」と語った。入場者数は増加し、世界有数の宝石コレクションを構築するきっかけにもなった。

 タヴェルニエが野犬に殺されたという話、ルイ14世が呪いで死んだという話など、ダイヤにまつわる多くのエピソードは作り話かさもなければ誇張だ。1908年の『ワシントン・ポスト』紙の記事「Remarkable Jewel a Hoodoo(驚くべき宝石は不吉)」が呪いの伝説を広めたきっかけだったとされている。

 宝石を売買する人々にとって、呪いの話は価値を高める効果があった。実際に所有者だったマクリーンも呪いという噂を利用して社交界での注目を集めた。スミソニアンの学芸員ガブリエラ・ファルファンは「悪評も宣伝のうち」と指摘している。

確証バイアス

 マクリーン家の悲劇は事実だが、その時代の富裕層にとって自動車事故やアルコール・薬物依存症の問題は珍しいものではなかった。呪いを信じる人々は不幸な出来事ばかりが記憶に残り、幸せな出来事は忘れてしまうものだ。

美と破滅の象徴

 ホープダイヤモンドの呪いを科学的に証明することはできない。だが、この宝石が持つ歴史と物語には説明しきれない重みがある。フランス革命で処刑された王妃、子供を失った母親、破産した貴族-青い輝きの外側で、確かに悲劇が渦巻いてきた。

 現在のホープダイヤモンドは、16個の白いダイヤモンドに囲まれたペンダントという姿でスミソニアン博物館のハリー・ウィンストン・ギャラリーに展示されている。推定2億5000万ドルの価値があるとされ、かけがえがないゆえに値段がつけられないとも言われる。

 ワシントンD.C.を訪れる機会があれば、その青い輝きを自分の目で確かめてみてほしい。-ただし、写真を撮るなら念のため心の中で許可を求めた方がいいかもしれない。

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