スーパームーンの満月

満月の夜には何が起こっているのか 科学と迷信の境界

 満月の夜には犯罪が増える、出産が増える、眠れなくなる―古くから月は人間の心身に影響を与えると信じられてきた。英語の「lunatic(狂気じみた)」という単語はラテン語の「luna(月)」からきている。狼男が変身するのも満月の夜だ。こうした伝承はただの迷信なのか、それとも何らかの根拠があるのだろうか。

科学的に確認された睡眠への影響

 2021年、学術誌『Science Advances』に興味深い研究が発表された。ワシントン大学、アルゼンチン国立キルメス大学、イェール大学の共同研究チームによる、月の周期と人間の睡眠パターンの関係についての調査だ。

 研究チームは、アルゼンチンのトバ・コム族の先住民98人とシアトルの大学生464人の睡眠について追跡した。トバ・コムのコミュニティは、電気のない村、限定的な電気がある村、都市部の村の三つに分かれていた。

 結果は明確だった。満月の3〜5日前になると就寝時刻は平均30分遅く、睡眠時間は46〜58分短くなった。この傾向は電気のない村だけでなく、シアトルの大学生にも見られた。研究を率いたオラシオ・デ・ラ・イグレシア教授は「満月に向かう時期には明らかに睡眠の減少と就寝時刻の遅れが見られる。電気のない環境ではより顕著だが、シアトルの学生も同じ傾向がある」と述べた。

 なぜこうなるのか。研究チームは夕方の月光が関係していると考えている。上弦から満月の時期、月は夕方から夜にかけて明るく輝く。人工的な灯のない時代、この光は夜の活動を可能にする貴重な光源だった。私たちの体内時計にその名残が刻まれているのかもしれない。

統計的に否定された出産との関係

 「満月の夜に出産が増える」という話は、産院の助産師や看護師からよく聞く。だが大規模な統計調査はこれを否定している。複数の研究で数万〜数十万件の出産記録が分析されたが、月の満ち欠けと出産数に有意な相関は見つかっていない。

 ではなぜ医療従事者の間でこの伝説が根強いのか。これは認知バイアスで説明できる。満月の夜に忙しかった経験は記憶に残りやすく、満月でない夜の忙しさは忘れられやすい。人間の記憶は自分の信じるパターンに合った情報を選択的に記憶するのだ。

犯罪・事故との関係についての結論は出ていない

 「満月の夜には犯罪が増える」という説については、研究によって結果が異なる。オーストラリアでの大規模調査(Chapman & Morrell, 2000)では満月と犯罪率の間に有意な相関は見つからなかった。精神科への入院についても満月前後での増加は確認されていない。

 一方、トロント大学とプリンストン大学の共同チームが1975年から2014年にかけてアメリカで発生したオートバイでの死亡事故を分析した結果、満月の夜は通常の夜より約5%事故が多かった。月が地球に最も近づく「スーパームーン」の夜には、リスクが27%上昇していた。ただし、これは月の「神秘的な力」ではなく、明るい満月に気を取られて脇見運転になった可能性が指摘されている。屋外犯罪についても、単に月光が明るくて周囲が見やすくなるからだという説明がある。

双極性障害との関連

 米国立精神衛生研究所の精神科医トーマス・ウェアー氏らは、2017年に双極性障害の患者17人を延べ37年半にわたって追跡した研究を発表した。双極性障害では躁状態とうつ状態が数週間ごとに入れ替わるが、この気分の変動が月の周期と同期している患者が多かった。満月の時期、ときには新月の時期にも、状態の変化が起こる傾向があったという。

 これが月の重力なのか光なのか、それとも別の要因なのかはまだわかっていない。ウェアー氏は「これはデータです。科学者として理解し説明する努力が必要です」と述べている。

科学と神秘のあいだ

 「満月が人間に影響を与える」という古くからの言い伝えは、部分的には正しかったと言える。少なくとも睡眠については影響が確認されている。ただし、その理由はおそらく光という単純な要因だ。人類が何十万年も月明かりの下で暮らしてきた結果、私たちの体内時計には月のリズムが刻み込まれている。電気照明に囲まれた現代人にも痕跡が残っているのだろう。

 その一方、出産や犯罪との関係は統計的に否定されているか、もしくは結論が出ていない。「満月の夜には何かが起こる」という感覚は私たち自身の認知バイアスが作り出した幻想かもしれない。

 月は今夜も空に浮かんでいる。科学で説明できることとできないこと。その境界線を意識しながら、古代から続く月への畏敬の念を味わうのも悪くない。

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