ウアスのピラミッド

ピラミッド・テキスト 食神賛歌は本当に恐ろしいのか

【二元論の世界】

 私たち人間は生まれてくるときに源から分離してこの世界にやってくる。受精卵から偶数分裂して、二の倍数として分裂を重ねる。そしてその繰り返しで、細胞をまとめた一人の人間になる。人間以外のほとんどの生物も偶数分裂で生まれるので、この世界はほぼ二の倍数でできている。つまり、二元性の場だと言える。

 生まれた瞬間は、ある意味で死に向かうタイマーのスイッチが入った瞬間でもある。死までの旅の中で私たちは栄養を与えられて肉体を育む。そして誰かに教わったり真似をしたりしながら精神的にもその人たちの要素を取り入れ、より大きな自分になっていく。

 「神は無条件で敬うべき存在、自分たち人間とはかけ離れた力を持つ」と信じている人にとっては気まずく感じるかもしれない。だが少なくともウナス王が亡くなった頃には、人間と神は同等だと考えられていた。当時のファラオが生きていた頃に周囲の人たちから学んで要素を増やしていったように、死んで冥界に移行してから神々の要素を取り入れようとしたのが食神賛歌の内容なのだろう。

【他者の力を得る】

 かつて世界各地では神に捧げた生贄や打ち負かした相手を食べる行為が成されていた。これには相手の力を取り込むという目的があった。食神賛歌はおそらく実際に食べていたわけではないが、同じ哲学が枝別れした元にあったものだろう。私たちも同じように、この世に生まれて親や家族から学び、友達から、先生から…と「他者の力」を自分のものにして成長する。

 トートに言われた逆算の式、大きな自分に戻る方法論について 神≒人間の証明(中編) 私という個、あなたという個 で書いた。もしかしたら古代エジプトではそんな考え方は当然だったのかもしれない。結局は子供の頃親に言われてきた「お天道様に恥ずかしくないようにしなさい」は的を射ていたのだろう。

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