カー

『古代エジプトとバビロニアの信仰』第三章 人間とあの世の不滅の部分 3-3

※著作権の切れた書籍を翻訳・意訳して掲載しています。『The Religions of Ancient Egypt and Babylonia』Archibald Henry Sayce 翻訳した文章©StellaCircus

『古代エジプトとバビロニアの信仰』第一章  1-1 1-2 1-3 1-4 1-5 1-6 第二章 2-1 2-2 2-3 2-4 2-5 第三章 3-1 3-2

 Ka(カー)とそれが属していた対象や人物との関係は、概念と言葉の関係に似ている。一方が他方を前提とする関係だ。誰かが生まれなければ、その人のカーは存在しない。しかし人が存在できるのはカーのおかげだ。一度生まれたカーは、思考から離れて独立した言葉のように、源がなくなっても存続する。カーが体から離れたらその体は生命を失う。そして再びカーと結びつくまで生命や意識を取り戻すことはない。だが体が無意識の状態にあってもカーは独立して存在し、生き、意識を持ち続ける。

 カーという存在はある意味で生前の肉体と同じくらい物質的だ。カーが食物や飲み物を必要とするため、死者や神々に供物を捧げる習慣が生まれた。神々もそれぞれカーを持ち、同じように供物を必要としていた。当初は本物の食べ物や飲み物が捧げられていたが、エジプト人はやがて石やテラコッタ、木で作った模型でも同じ効果があると考えるようになった。模型は安く手に入りやすい上、実物よりも長持ちする利点もあった。なので第18王朝以降は、肉やパン、ビールやワインの代わりに被葬者の名前と称号が彫られたテラコッタ製のパンが供えられるようになった。

 このような供物に対する考え方は、墓に像を置く習慣にも影響を与えてきた。第3王朝や第4王朝以降の墓からは、非常に精巧な像が発見されている。死者の姿を忠実に描くために瞳には象牙や黒曜石が使われ、まるで生きているかのような像もある。硬くて長持ちする石が使われたので、ミイラが朽ちてからも像の中にその人の姿は残り続けた。正確に作られた像にはカーが宿るとされ、その像のカーは人間のカーと同一だと信じられていた。カーが墓に戻ったら像は宿るのにふさわしい形となり、供物を受け取ることができた。ミイラが失われても、像がカーの居場所となったのだ。

 こうした理由から、一つの墓には複数の像が納められていることが多い。像の数が多ければ壊れずに残る可能性が高くなり、カーが体や魂と再会の日を迎えるのを助けると考えられていた。また、ヘリオポリスの神官たちはさらに理論を加えた。太陽神ラーは古くから鳥の姿をした7つの霊魂を持つとされていたが、そのカーはその倍、14とされた。それぞれが特定の性質・属性に対応しており、当時のヒエログリフにそれそれを示す文字がすでにあったのだ。したがって、それぞれを独立したカーとして扱うのは自然なことだった。

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