古代エジプトとバビロニアの信仰 第二章 2-5

『古代エジプトとバビロニアの信仰』第二章 古代エジプトの信仰 2-5

※著作権の切れた書籍を翻訳・意訳して掲載しています。『The Religions of Ancient Egypt and Babylonia』Archibald Henry Sayce 翻訳した文章©StellaCircus

『古代エジプトとバビロニアの信仰』第一章  1-1 1-2 1-3 1-4 1-5 1-6 第二章 2-1 2-2 2-3 2-4

 実際、神の像は神あるいは人間によって命を吹き込まれていると信じられていて、その像に似た人物が「貪り食われる」と表現されるような古い信仰は否定されなかった。

 王は自らが仕える神の像と接触することで不死の原理「サー(Sa、𓋴𓄿、生命力・守護力)」を受け取るとされた。神の像には質問者の頭を傾けさせる不思議な力があると言われ、神殿では像に質問する儀式が続けられていた。

 デンデラでは、ラピスラズリの鷹の姿で天から降りてくる女神ハトホルの魂が像に命を与えると信じられていた。この信仰は、ハトホル信仰の精神的な態度を示すものだ。

 古代エジプト人が抽象的思考を好まなかったことの一つの結果として、神々を具体的かつ明確な形で描くだけでなく、常にそのように具体的に考える必要があった。絵画的な象形文字を使う筆記体系がこの習慣の助けとなった。教養のある書記でさえ、例えばトキ以外の姿でトートを、あるいは雌牛以外の姿でハトホルを思い描くのは困難だっただろう。

 古代エジプト人の動物崇拝の起源や、特定の動物を神々と同一視する慣習の始まりがどんなものだったにせよ、それが続いたのは神聖な文書や神殿の壁画があってこそだ。庶民にとってトートは実際にトキであり、民間伝承でもそう語られていた。教養ある人々にとってもトキはトートの象徴で、古代エジプトでは「象徴」と「象徴されるもの」はしばしば混同された。

 この動物崇拝は、後のギリシア人やローマ人の驚きや嘲笑、さらにキリスト教徒の侮蔑の対象となった。それでも存続し続けたのは、エジプトの象徴主義が必要とする形式だったからだ。

 同時に、もう一つの宗教概念――ファラオは太陽神の化身かつ神性を持った人間だという信仰――も重要な位置を占めていた。この信仰の起源はエジプト初期にまでさかのぼる。かつてエジプトは統一された国家ではなく小さな君主国に分かれていて、神々の信仰や儀式も地域によって異なっていた。

 これらの国々の名残りは後世になってもノモスという形で保持され、それぞれに独自の首都、神殿、神々、儀式、祭りがあった。各地域の信仰が一体化し始めたのは第18王朝以降で、それまで独立していた神々がアメンやラーといった主要神の別側面の姿として統合されていった。

 この過程で、地域の神たちも中央権力の神へと吸収されていった。例えばトートがヘルモポリスの守護神だったという事実は、もはや人々の記憶や精神の中でのみ認識されていた。

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