ルクソール神殿 ヒエログリフ

『古代エジプトとバビロニアの信仰』第四章 太陽神とエネアド 4-2

※著作権の切れた書籍を翻訳・意訳して掲載しています。『The Religions of Ancient Egypt and Babylonia』Archibald Henry Sayce 翻訳した文章©StellaCircus

『古代エジプトとバビロニアの信仰』第一章  1-1 1-2 1-3 1-4 1-5 1-6 第二章 2-1 2-2 2-3 2-4 2-5 第三章 3-1 3-2 3-3 3-4 第四章 4-1

 新たに発見された記念碑は、マスペロ教授の説を支持する材料として挙げられるだろう。ネケンで見つかった第3王朝のファラオの名の上のホルスに、「天空」を表すヒエログリフがあるのだ。これについての説明は難しいものではない。もう一方ではヒエログリフが鷹を包み込むように配置され、まさに天空が太陽を抱くような形である。そのヒエログリフはホルスの名前の発音を示したものだ。エジプト語で「空」は her または hor と発音され、「高いもの」「持ち上げられたもの」という意味を持つ。「ホル=エム=クティ(Hor-em-Khuti)」「ハルマキス(Harmakhis)」「二つの地平線から現れるホルス」という名は、ネケンの記念碑と同じくらい古いものに違いない。

 「二つの地平線」の意味は明らかだ。夜明けに太陽が姿を現し日没時に沈んでいく、双子のような二つの山のことだ。

 このヒエログリフは、エジプト史のごく初期にまで遡るものだ。ファラオたちが東方の古い故郷からもたらしたのかもしれない。注目すべきなのはシュメール語で「地平線」は kharra または khurra で、ホルス(Hor)という名と対応していることだ。もちろん偶然という可能性もあるし、「空」という単語と同じ語根、すなわち「高いこと」という意味の語根に由来しているのかもしれない。

 だが「毎朝太陽神がそこから現れ、夕方には再びそこを通って沈む、双子の山々の間にある地平線」という概念そのものはバビロニアが起源だ。初期のバビロニアの円筒印章には、山の両側にいる門番たちが太陽神のために扉を開く様子が描かれ、背中からは光線が放たれている。これらの山はシュメール語で「双子(Mas)」と呼ばれた。また古代カルデアの大叙事詩では、英雄ギルガメシュが砂漠を越えてその山々にたどり着く物語が語られている。そこは暗黒の地で、頭は天に、胸は冥界へと通じる蠍人間が太陽の出入りを監視していたという。

 このような地平線のイメージがエジプトで生まれたとは考えにくい。エジプトのデルタ地帯は一面の平原で、山が見えることはないからだ。上エジプトのナイル渓谷にも、高い山も双子の峰も存在しない。

 私は、ホルスという神格自体の痕跡がバビロニアの碑文の中にあると考えている。碑文には Khar または Khur という神の名が登場し、ハンムラビ王(紀元前2200年頃)の時代の契約文書に「私の父はKharである(Abi-Khar)」と書かれている。

 ハンムラビ王の時代はバビロニアとエジプト間で交流があったので、神Khar すなわちホルスは、おそらくエジプトからバビロニアへと取り入れられた神格だろう。アンプ(アヌビス)も同様で、それはある文書に記されている通りだ。

 とはいえ、KharKhur という名前は、やはりエジプト起源だと考えるべきだろう。ホルスにはバビロニアの太陽神ニン=イプ(Nin-ip)と多くの共通点がある。どちらも戦士神だし、ホルスの従者たちが鉄の職人だったように、ニン=イプもまた鉄の神だった。またニン=イプの称号の一つに「南の太陽」があり、あるステラには「止まり木に立つ鷲が南の太陽の象徴だ」と明記されている。

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