ヘリオポリスのオベリスク

『古代エジプトとバビロニアの信仰』第四章 太陽神とエネアド 4-5

※著作権の切れた書籍を翻訳・意訳して掲載しています。『The Religions of Ancient Egypt and Babylonia』Archibald Henry Sayce 翻訳した文章©StellaCircus

『古代エジプトとバビロニアの信仰』第一章  1-1 1-2 1-3 1-4 1-5 1-6 第二章 2-1 2-2 2-3 2-4 2-5 第三章 3-1 3-2 3-3 3-4 第四章 4-1 4-2 4-3 4-4
ヘリオポリスのエネアド(九柱神)とその構成

 ヘリオポリスのエネアドは、まず大気の神シュウと湿気の女神テフヌト、次に大地の神ゲブと天空の女神ヌトが生まれた。その子供としてオシリスとイシス、砂漠と異国の遊牧民を象徴するセトと、家や血縁を守る「家の女主人」ネフティスが続く。整えられた神々の組み合わせは、後になって二つの「小エネアド」の原版となった。

 ただし、ヘリオポリス神殿があったノーム(地方行政区)の本来の神は、創始神トゥム(アトゥム)だけだ。派生した他の神々はシュウやゲブのように自然の要素を表す神、あるいはオシリスやイシスのようにエジプト中に広まっていた神で、ネフティスはセトに姉妹かつ妻となる女神をあてがうために造られたと考えられる。テフヌトも同じ理由で作られた可能性がある。

世界創生という問いへの答え

 このエネアドは他のノームにも容易に受け入れられた。人類最古の問いのひとつ―「自分たちが生まれたこの世界はどこから来たのか」―に対して「世界もまた人間と同じように誕生した」と考えるのは自然だったからだ。創造者は父であると同時に母でもあるとされた。エジプト社会では女性が家族の中で高い地位だったからだ。トゥムは男性として描かれたが妻は与えられず、父と母を一人の中に内包する存在とされた。

セム系世界との共通点

 トゥムのような最高神のあり方は、西アジアのセム系王国を想起させる。アッシリアのアッシュル、モアブのケモシュも妻を持たない神だった。そして「世代による創造」という発想も共通している。バビロニアの創世叙事詩は、混沌(ムンム)から世界が生じ、二柱ずつのペアになって展開していく。ムンムからラフムとラフム(シュウとテフヌトに当たる)、次にアンシャルとキシャル(天空と大地)、それから現世界を治める三大神が現れる。やがて海の支配者エア(エンキ)の子として太陽神ベル=マルドゥクが生まれるというストーリーだ。

 エジプトでは国家神トゥムが混沌(ヌン)の子のような立場に置かれたため、バビロニアのムンムに当たる「原初の水」からダイレクトに二柱が生まれず、一つ余分なリンクが挟まれた形になっている。ヌンとムンムはどちらも万物が生まれた「原初の水としての混沌」を意味する。ペルシャ湾の荒波を知るバビロニアとは異なり、エジプトでは規則正しくナイルの恩恵を受けていたため、水を混沌よりも恵みと結びつけていた点は注目に値する。それでも両者の世界観の間には、何らかの接触や影響があったと考えざるを得ない。

「オン」という名が示すもの

 ヘリオポリスの古名「オン」も西アジアとの関係を示唆している。ヘリオポリスは旧約聖書の「オンの町」で、南のエルメント(別名オン)と区別して「北のオン」と呼ばれた。縦に溝の入った彩色柱が町のシンボルで、セム系信仰に見られる太陽柱と見る説がある。シリアにも「ベカーのオン」(アモス書1章5節)という太陽神信仰の町が、パレスチナにも「ベト・オン(神の家)」という古称を持つ場所があった。こういった名前はヒクソス時代にエジプトから持ち込まれた可能性もあるが、それより古い起源を持つと考えられている。ヘリオポリスの太陽信仰とシリア・パレスチナの太陽崇拝には交流があったことが伺える。

トゥムの姿とエジプトの例外

 最後に、北エジプトの太陽神トゥムは、南エジプトの太陽神ホルスとは違って人間の姿で描かれた。これは常に人型で描かれるバビロニアの神々と同じだ。エジプトでは一貫して人間を保った神は少なく、オシリスは元々は人の姿だったが早い段階で牡羊(ダドゥの主)の姿と混同され、カタラクト(第一瀑布)のクヌムも歴史時代以前に牡羊神になっていた。メンフィスのプタハやティスのアンヘル(アヌル)は例外的に人間の姿を保っていたが、プタハはミイラ、アンヘルはトゥム同様太陽神だった。

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