『古代エジプトとバビロニアの信仰』第四章 太陽神とエネアド 4-3

※著作権の切れた書籍を翻訳・意訳して掲載しています。『The Religions of Ancient Egypt and Babylonia』Archibald Henry Sayce 翻訳した文章©StellaCircus

『古代エジプトとバビロニアの信仰』第一章  1-1 1-2 1-3 1-4 1-5 1-6 第二章 2-1 2-2 2-3 2-4 2-5 第三章 3-1 3-2 3-3 3-4 第四章 4-1 4-2

 ネケンのホルスは、ハゲワシの頭をもつネケブという女神と関連づけられていた。ネケブの神殿はナイル川東岸のエル・カブ、紅海から砂漠を横断する長い道の終わりに位置する。そこは聖域であり、同時にネケンを防衛する要塞でもあった。ネケブはネケンだけでなく、南エジプト全体の女神でもあった。セヘル島にある最古の碑文では地元の女神サティと同一視され、テーベでは「母」を意味するムトとされる。ネケンはかつて南方の首都だったので、その女神だったネケブにも優位性があったのだ。ネケンが小さな地方都市になっていくにつれ、ネケブも同じように衰退した。テーベ朝の時代になるとカルナックのムトの名は全エジプトで尊ばれるようになったが、ムトの起源がネケブにあったことは忘られた。ムトに供物を捧げるエジプト人は、その仮面の下にネケブの顔があるとは気づかなかったのだ。

 それでもムトはネケンと同様にハゲワシの姿を保ち、王の称号にはネケブが南方王国の女神だった頃の記憶が残されていた。メネス以来「上エジプトと下エジプトの王」という称号において、北を表すウアジェトは蛇、南を象徴するのはネケブのハゲワシだった。ウアジェトのウラエウスがネケブに描かれることもあるが、ホルスの鷹が「神」そのものを意味するように、ウラエウスが「女神」を意味するようになってからのことだ。古くから南方の植物はネケブの名を記すのに使われ、王の称号の一部でもあった。彼女はまさに「南の者」、南の女主人であり、配偶者であるミイラ姿のホルスはその領主だった。

 エドフの神話は、ホルスをヘリオポリスのラー・ハルマキスの忠実な臣下として描いた。だが歴史的に見れば、両神の関係はむしろ逆であるべきで、そのことは神話の中にも残っている。ホルスと従者たちが北へ進軍する勝利の物語では、ホルスがヘリオポリスを通過してデルタ地帯に入り、東端に「鍛冶場」を築いたとされる。上エジプトのホルス王たちは北方王国を征服し、そこに自分たちの神である鷹と、王名の上に置くホルスの称号を持ち込んだのだ。

 ヘリオポリスの太陽神は、鷹ではなくバビロニアの神々のように人の姿で表された。彼はトゥム(またはアトゥム)と呼ばれ、宗教的な習合が進んでいくと特に沈む太陽を表すようになった。トゥムは太陽神の固有名で、太陽そのものはラーと呼ばれた。時が経つにつれ神の属性が太陽に移動してラーが神格化され、トゥムの同義語だったラーはやがて独立した神となった。トゥムが沈む太陽を表すのに対し、ラーはあらゆる形態・あらゆる顕現における太陽神を意味した。その意味でラーは全エジプトの共通神にふさわしく、各地の太陽神はラーと同一視されて個別性を失うことになった。ラーという単語はエジプト全土で「太陽」を意味し、宗教的な色合いを欠いていたからこそ、新しい宗教思想の出発点となったのだ。

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