メンフィスのトライアド像

『古代エジプトとバビロニアの信仰』第四章 太陽神とエネアド 4-7

※著作権の切れた書籍を翻訳・意訳して掲載しています。『The Religions of Ancient Egypt and Babylonia』Archibald Henry Sayce 翻訳した文章©StellaCircus

『古代エジプトとバビロニアの信仰』第一章  1-1 1-2 1-3 1-4 1-5 1-6 第二章 2-1 2-2 2-3 2-4 2-5 第三章 3-1 3-2 3-3 3-4 第四章 4-1 4-2 4-3 4-4 4-5 4-6
神々の同一化が生んでいったもの

 エジプトでは「主要な神々は太陽神のさまざまな形態である」と考えられるようになり、あらゆる神々がエネアドの中に組み込まれていった。ヘリオポリスではイシスの子であるホルスが太陽神ホルスと混同され、自然な形で体系に取り込まれた。ティニスではアンヘル(オヌリス)がシュウと結びつき、テーベではアメンがトゥムやラーばかりかメントゥやムトとも同一視された。女神が最高神となっていた地域でも同じで、各地の女神は入れ替えられるだけでなくトゥムと重ねられることまであった。ホラポロ(ホーラポッローン、5世紀頃のヒエログリフ注釈書『ヒエログリュピカ』の著者とされる)によると、サイスのネイトは男でもあり女でもあったという。

トライアド(三柱神)の誕生

 モザイクのように神々の位置が入れ替わり、やがて一柱の神が三つの形を持つ「トライアド(三柱神)」が生まれた。ヘリオポリスではヘル・エム・アケトがトゥムと同一視され、トゥム、ラー、ヘル・エム・アケトの三柱が一組として認識されていった。ヘル・エム・アケトは朝日、トゥムは夕陽、ラーはどちらも内包するとされた。ヘル・エム・アケトとトゥムはラーの別の相なので、一つの神の三つの形ということになる。

人によって作られたトライアド

 トライアドは比較的遅い時期に作られたようだ。この体系はエネアドが前提となっているが、それ以外の要素が加わった例もある。例えばメンフィスの三柱神はヘリオポリスからネフェルトゥム、ラトポリスからセクメトを取り入れて地元の神プタハの息子と妻ということにした。オシリス、イシス、ホルスの三神は本来オシリス側だったネブヘトやアヌビスがセト側に移され、オシリス神話は大きく変わった。テーベでは比較的遅れて、テーベのファラオが台頭した時期に地元神アメンを中心とするテーベの三柱神が生まれた。上エジプトの女神にすぎなかったムトがアメンと結び付き、メンフィスのプタハが加わっている。後になって月の神コンスがプタハに代わって三柱のうちの一柱となった。

世界の創造・エネアド・三柱神

 このようなトライアドの成立過程からエジプト人の考え方が見えてくる。まず神による創造があり、エネアドが生まれ、やがて三柱神ができた。トライアドは特にオシリス信仰で最も精密な形になる。

 エネアドは三柱神という概念だけでなく別の哲学も生んだ―神の誕生は人間のそれとは異なるというものだ。配偶者を持たないトゥムが象徴するように、神の誕生は概念的に理解されるようになった。トゥムから生まれた神々は可視世界のさまざまな現象を象徴する存在で、「誕生」という概念は「エマネーション(流出)」と考えられるようになった。これは一柱の神が別の神を生む(流出させる)という発想で、それは思考が思考を生むような関係だった。

思想が必ず形を取る」エジプト的な感性

 エジプト人は抽象より遥かに象徴を好んだため、思想は必ず具体的な形となった。例えばゲブとヌトは大地と天という根本的な理念だが、同時に大地そのもの、天そのものでもあった。彼らは理念が形になった存在で、ヘーゲル的に言うなら「思想がそのまま具体化したもの」だった。

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